第16話

 エヴェレウス王宮内、執務棟。

 クロルドは棟東側に位置する会議室の扉を開け放ち、一礼して足を踏み入れた。

 大卓に顔を並べていた宮廷魔法術士らが一斉に振り向き、その全員がほぼ同時に立ち上がると、作法に則って王室に対する礼を執った。


「済まない。割り込んだのは僕の方だから、楽にして貰って結構」


 軽く掌を掲げて宮廷魔法術士らを再び着席させてから、クロルドは議長席に座る兄王子にして王太子たるアーサーのもとへと歩を急がせた。

 アーサーは柔らかな陽射しの中で僅かに目を細めつつ、クロルドを出迎えた。

 そのアーサーに対し、定例会合を中断させてしまった非礼を詫びてから、すぐに本題へと入る。


「兄上、光金級万職のソウルケイジという者について、何か知っておられるか?」

「おや奇遇だね……今日の会合ではまさに、その光金級殿について情報展開と今後の対応についての協議を進めようとしていたところだよ」


 穏やかな笑みを浮かべるアーサーだが、しかしその碧眼には鋭い光が灯る。彼もまたクロルドと同じく、光金級という存在に強い警戒心を抱いているのかも知れない。

 そしてそれは、宮廷魔法術士達も同様なのだろう。つい先程、クロルドが光金級という言葉を口走った瞬間、上座に近しい連中を中心として僅かに顔色を変え、緊張した様子でふたりの王子に面を向けてきた。

 これは矢張り、父王にも意見を申し上げねばならぬ――クロルドはアーサーと宮廷魔法術士達からの反応を受けて、半ば確信に近しい思いで腹を括った。


「陛下は、このことは既にご存知で?」

「概要だけは既に宰相から聞いているみたいだね」


 クロルドはここで、はっと息を呑んだ。父王も宰相も、件の万職については耳に入っている。国のトップにその名が及ぶということは、最早それだけで一大事だと考えるべきだろう。

 光金級の持つ威力というものはつまり、それ程に重いという訳だ。


「方針は固まったかい?」

「はい、お陰様で」


 クロルドは一礼し、宮廷魔法術士達にも邪魔をして悪かったとひと言詫びてから、会議室を後にした。

 そしてその足で王宮正殿へと向かう。途中で、ティオルが諸々の文書を抱えて合流してきた。ソウルケイジの経歴やこれまでの実績を簡単にまとめてきたのだという。


「それにしても、不思議な御仁でございます」

「というと?」


 クロルドが訊き返すと、ティオルは僅かに眉を顰めて横合いから資料を差し出しながら答えた。


「クルアドー以前の経歴が全く見当たらないのです」


 生まれた年も生誕地も一切不明。性別は男性で間違い無いのだろうが、技能や学力の修得歴も何ひとつ分からないというのは、それまでの人生を完璧に隠蔽し得る家格や地域でもない限り、まず不可能だろう。

 だが事実として、ソウルケイジは辺境都市クルアドーで初めてこの世界に現れたかの様に見える。

 これは一体どういうことなのか。


「万職相互組合は各国に支部を置いている為、どの国家に対しても完全中立であり、登録者のプライバシーも徹底的に秘匿します」

「つまり、あそこからはこれ以上の情報は手に入らないという訳か」


 ティオルに資料を返しながら、クロルドは小さな溜息を漏らした。せめて生誕地だけでも分かれば、交渉の余地もありそうなものだったが。

 ともあれ、まずは国王と王妃、そして宰相と話をするのが先だ。クロルドは赤い絨毯が敷かれた王宮正殿の玄関広間へと足を踏み入れ、その勢いのまま謁見室へ急ごうとした。

 が、出来なかった。

 玄関広間を数歩横切ろうとしたところで、不意に横合いから耳に障る様な甲高い声が呼びかけてきたからだ。見るとそこに、侍女を従えたメディスの姿があった。

 面倒な相手に捕まったかな――クロルドは顔にこそ出さなかったが、内心では盛大に舌打ちを漏らしたい気分だった。


「王国の小太陽、クロルド殿下にメディス・ラクテリオがご挨拶申し上げます」

 相変わらず完璧な程に優雅な所作と、寸分の狂いも無い礼儀作法だ。

「これは聖女殿。ご機嫌麗しゅう」


 クロルドも立場上のこともあり、そして場所が場所だけに、メディスをぞんざいに扱う訳にはいかない。ふたりは王室と高位貴族としての礼に則っての挨拶口上を、更に続けた。

 ただでさえ急いでいるクロルドにとっては、この無駄に長い挨拶口上にかける時間が勿体なくて仕方が無かったが、それでも極力面には出さない様にした。


「それで、何用かな? 出来れば陛下のところへ急ぎお伺いしたいのだが」

「お手間を取らせてしまって誠に申し訳無く思いますわ。ですが、とても重要なことなので」


 艶やかな笑みを浮かべながら、やけに勿体ぶったいい廻しで更に時間を潰そうとするメディス。クロルドは勘弁してくれと内心で溜息を漏らしていた。


「そのぅ……ローデルク容疑者はまだ見つかっておりませんの?」


 メディスが探る様な調子で、視線だけで覗き込んでくる。クロルドはまたこの話か、とうんざりする気分だった。しかし相手は六大公爵家の中でも序列第二位に輝く家門の令嬢だ。矢張りここは丁寧に応対する必要があった。


「誠に申し訳ございません。目下、鋭意捜索中です。もうしばしの御辛抱を」

「あら、わたくしそこまで突き詰めて考えてはおりませんわ。どうか、殿下のお仕事に障りが無い範囲で進めて頂ければと愚行致します」


 にっこりと笑うメディスに、クロルドは是非そうさせて頂くと頭を下げた。


◆ ◇ ◆


 謁見室へと歩を急がせてゆくクロルドを見送りながら、メディスは表情こそ穏やかなものの、その内心ではふんと鼻を鳴らしていた。


(まぁ精々頑張って下さいまし。あの女が逃げ回ってくれれば、わたくしにとっても都合が良いもの)


 過去3年に亘って積み上げられてきた特級聖癒士の評判と名声は、音を立てて崩れ始めている。

 逆に暁の聖女としての求心力は、少なくともここ王都内ではメディス自身の想像を超えて大きく跳ね上がっているが、王国全土にその名を響き渡らせるにはまだ少し、時間がかかりそうだ。

 しかし、焦る必要は無い。

 忌々しい特級聖癒士は、逃げ回ることで自らの名誉を地に落とし続けている。このままもうしばらく、王家がまごついているのを眺めているのも悪くないだろう。

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