第13話
その後、リテリアはふたりの近衛騎士が見張り番を務めるひとつの天幕に押し込められた。
脱走が叶わぬ様にと四隅が木材で補強され、天幕自体にも宮廷魔法術士による接触感知法術が仕掛けられていた。
リテリアは剥き出しの地面に座り込み、考えた。
激昂したオーウェルが放った敵前逃亡という言葉の意味。
祈らずの大洞窟内に広がっていた、あの凄惨な光景。
今まで見せたことが無かった、クロルドの侮蔑に満ちた視線。
そして、アルゼンの指示で第四騎士団に伝令へと走ろうとしたところで不意に襲い掛かってきた衝撃。
全てがひとつの方向性を示そうとしている。だが――。
(私は敵前逃亡なんか、していない。でも……)
聖癒士としての務めを果たさなかった。それは紛れの無い事実だった。気絶していた間に何が起こったのか、その詳細は未だ誰の口からも聞かされていない。しかし推測は出来る。
(私が……私が気絶なんか、してしまったから……)
だから、失われずに済んだ筈の命が、あの闇の中で幾つも散ってしまった。
どうして自分はもっと、上手く動くことが出来なかったのか。
誤解からくる憎悪を向けられたことよりも、多くの若い騎士達を死なせてしまったことがただひたすら、悲しかった。悔しかった。
何の為に自分はここまで来たのかという己への怒りと後悔が、胸の奥で激しく渦巻いた。
彼らの遺族が泣き崩れる様を想像するだけで、息が出来なくなる様な苦しさを覚える。
オーウェルの怒りも、尤もだと思った。
(私が務めを果たしてさえいれば……あの方の部下を死なせることは無かった筈……)
きっとオーウェルは、今の自分以上の悲しみに暮れていることだろう。噂に聞けばオーウェルは、部下の騎士達を本当の家族の様に考える義に篤い人物なのだとか。
だからあれ程の怒りに身を焦がしたに違いない。
(私は、失敗した……あの方に殺されても、仕方が無い)
この時リテリアは、はっと面を上げた。
(アルゼン様は……無事なの……?)
大洞窟内のあの惨劇の場には、アルゼンの遺体は無かった様に思う。だが、それは自分の思い込みかも知れない。あの場にあった全ての遺体を事細かに調べた訳ではないのだから。
何とか無事で居て欲しい。
出来れば今すぐにでも確認したい。
だがそれは、叶わぬ願いだ。今のリテリアは敵前逃亡を図って味方に甚大な被害をもたらした大罪人として、この天幕に押し込められている。アルゼンのみならず、他の近衛騎士の安否を知る術も一切、与えられてはいなかった。
しかし、それでも知りたい。誰か、教えてくれるひとは居ないのだろうか。
そんなことを悶々と考え始めた時、不意に天幕の外で声がした。
「殿下のご命令です。宜しいですね?」
メディスの声だった。もしかすると、会いに来てくれたのだろうか。
直後、出入りの垂布が左右に開かれ、メディスとラルバ、そして数名の騎士が足を踏み入れてきた。
「殿下から許可を頂いております。少し外を歩きましょう」
そういってメディスは、夜の帳が下りたボルカテル渓谷の清流沿いの河原へと、リテリアを誘った。
リテリアは思わぬ申し入れに戸惑いを隠せなかったが、それでもメディスの後に続いた。
「少し、落ち着かれましたか?」
艶然と笑うメディス。その端正な面に浮かんでいるのは相手を思い遣る色ではなく、背筋を冷たくする様なひんやりとした感情。
だが、これはチャンスだ。リテリアはラルバや他の騎士達の存在は敢えて無視して訊いた。
「その、もし可能であれば教えて頂きたいのですが……アルゼン様は、ご無事なのでしょうか?」
「アルゼン様? そんな方、いらっしゃいましたっけ?」
メディスは本気で存じ上げぬといった調子で、小首を傾げた。まさか、本当に知らないのだろうか。
「御免なさいね。わたくし、伯爵家以上の家格のご子息でないと、顔も名前も覚えておりませんの」
さも当然の様にあっけらかんと答えたメディス。
そういえばアルゼンを輩出したバルトス家は子爵家だった。
リテリアはそうですかと小さく答え、沈んだ表情で面を伏せた。しかしそんなリテリアの感情などお構いなしに、メディスは別の話を振ってきた。
「それで、大洞窟内では何がありましたの?」
メディスのこの問いの真意が、リテリアはすぐには理解出来なかった。どういう意図で訊いてきたのか、分からない。しかし相手は公爵令嬢であり、暁の聖女だ。嘘偽りを答える訳にはいかない。
「申し訳ございません……あの時、私は頭に強い衝撃を受けて気を失ってしまい……その後、何が起こったのか何も存じ上げないのです」
「あら、そうなの……それは残念ね」
そのメディスのひと言を待ち構えていたかの様に、彼女に付き従う騎士達が不意に抜刀した。星明りの下で、刃と川面がきらきらと不気味に輝く。
リテリアは息を呑んだ。
今、目の前で何が起きようとしているのか、まるで理解出来なかった。
だが危険な状況であることは推測出来る。リテリアは聖癒士の教育の一環として、簡単ながら護身術も修得していた。その時に学んだ防御姿勢が咄嗟に出た。
ところがここでメディスが、思わぬ行動を取った。
「きゃああっ! な、何をなさいますの!」
まるで何者かに襲われているかの様な、甲高い悲鳴。幾分芝居がかっているものの、その声の張りは何度も練習していたかの様に一切の澱みが無かった。
するとその時、河原沿いの茂みの奥から十数名の騎士が一斉に姿を現した。その中にはクロルドやオーウェルの疑念に満ちた顔もあった。
「リテリア……君は、そこまで堕ちたのか」
灯輝法術の淡い光の中で、クロルドが愕然とした声を搾り出した。
一方のオーウェルは、矢張りこの女は大罪人だと息巻いて巨大な剣を鞘から抜き払った。
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