第8話

 辺境の都市クルアドーでは、今日もその周辺地域で緑小鬼退治に勤しむ万職の姿が多く見られた。

 ここ最近では新参者のソウルケイジが毎日の様に大量の緑小鬼を始末し、新人とは思えない程の量の魔化石を携えて万職相互組合のカウンターへと持ち込み、受付嬢らを驚かせている。

 そしてこの日も例外無く、ソウルケイジは他の駆け出し万職の十倍以上という数の魔化石を持ち込み、換金待ちの為にエントランス兼ロビー内を手持無沙汰に歩き回っていた。

 と、そこへ換金作業を終えたアニエラが態々カウンターから出て来て、麻袋に詰め込まれた報酬金をソウルケイジに手渡した。

 ところがその際、アニエラは幾分紅潮した面持ちでソウルケイジに弾んだ声を投げかけた。


「あの、ソウルケイジさん……昇格試験、受けてみませんか?」


 アニエラ曰く、ソウルケイジの実力ならば正銅級はおろか、もしかすると純銀級への昇格も夢ではないということらしい。

 そのアニエラの申し入れに、周辺にたむろしていた他の万職達も一斉に、驚きと感嘆の声を漏らした。

 万職に階級があることはソウルケイジも知っている。そのソウルケイジは現在、最下級から数えて二番目に位置する堅鉄級の登録証を持っていた。


「おいおい、いきなり純銀級かよ……」

「ここの支部長も、思い切った判断をしたもんだな」


 周囲から、驚きや呆れの感情が入り混じった声が次々と聞こえてきた。

 万職の階級は全部で七種類。上から順に魔銀、光金、純銀、正銅、牙鋼、堅鉄、翔木という序列だ。

 ソウルケイジも最初は翔木だったが、僅か二日で堅鉄に昇格した。異例の速さだった。

 尚、牙鋼までは特別な昇格試験は不要で、それまでの実績を鑑みて組合側が昇格の判断を下すことになっている。

 しかし正銅以上は話が別で、昇格試験が必要となる。

 アニエラは、過日剣歯熊を一撃で斃したソウルケイジの実力を大いに評価しているらしく、その実力に見合った階級が付与されるべきだと日頃から周囲に語っている様子だった。

 そしてこの日、王都シンフェニアポリスにある組合王国本部へと出張に行っていた支部長が帰ってきたから、是非とも試験を受けて欲しいというのがアニエラの弁だった。


「正銅になれたら、凶獣討伐の依頼も受けられる様になりますよ!」


 アニエラは、いつもなら凶獣討伐依頼を余り斡旋には廻さないことで知られていたが、何故かソウルケイジにはやたらと推してくる。それ程に、彼の実力に惚れ込んでいるということだろうか。

 だが、凶獣討伐が公式に認められるならば、ソウルケイジとしても断る理由が無かった。


「今すぐ受けられるのか?」

「はい! 実はもう支部長、地下の試験場で今か今かと待ち受けているんです!」


 鼻息の荒いアニエラに、ソウルケイジはいつもの如く冷たい視線を投げかけていたが、程無くして、静かに頷き返した。

 アニエラは大喜びでソウルケイジの手を引き、試験場へと下りる階段に案内した。

 すると、エントランス兼ロビーで事の成り行きを眺めていた他の万職連中も、ぞろぞろと後についてくる。是非とも観戦したいということらしい。


「うふふ……ソウルケイジさん、大注目ですね!」


 ひとり嬉しそうなアニエラ。

 ソウルケイジの観測では、アニエラが大はしゃぎしているのも万職連中の好奇心を刺激している一端になっているのだが、そこは何もいわずに黙っていた。

 そうして地下の試験場に到着した。

 明り取りの窓が幾つも配置されている為、地下とはいえども結構な明るさだった。

 試験場は石畳が敷き詰められた広い武闘場となっており、壁際には幾つもの木製武器が立てかけられている。その試験場の中央に、革鎧を纏って長い木剣を手にした頑健な中年男性がひとり佇んでいた。

 彼がここクルアドーの万職相互組合の支部長、ケルディン・モルドーだった。


「やぁ、君が噂の新人か。待っていたぞ。アニエラが連れてきたってことは、昇格試験を受けることに同意したって訳だな!」


 ソウルケイジは無言のまま軽く会釈し、試験場内に足を踏み入れた。

 道中、アニエラから試験要綱については説明を受けていたソウルケイジ。壁際から適当な木剣を一振り手に取って、ケルディンと対峙した。

 試験官はケルディンだが、判定係はアニエラと一緒に判定担当席に就いている何人かの職員達だ。

 そのうちのひとりが、試験開始の号令をかけた。


「聞けば、剣歯熊を一撃で斃したそうだな。なら、遠慮は要らないだろう。こちらから行くぞ!」


 そう宣言するや、ケルディンは一気に間合いを詰めてきた。その速さは流石に尋常ではなく、駆け出しの若者ではあっという間に一本取られていただろう。

 しかしソウルケイジは、微動だにしない。ただケルディンが突き入れてきた切っ先を、僅かな動作で弾き返すのみだ。

 その反応速度に驚いたのか、ケルディンは慌てて後退した。


「……素晴らしいな。手の痺れが止まらんよ」


 ケルディンは握っていた木剣を離し、何度か手を握っては開き、握っては開くという所作を繰り返した。ソウルケイジは軽く捌いただけだが、木剣を通じてケルディンの手に伝わった衝撃は、相当なものだったことが伺える。


「では次で判定を行おう。仕掛けてきてくれるかな」


 最初の一撃はソウルケイジの防御を見たということなのだろう。ならば次は、攻め手の技量を測るということになる訳か。

 ケルディンは防御姿勢を取った。まるで隙が無く、いつ、どの方向から攻めて来られても確実に対処するという自信に溢れている様に見えた。

 ところが――。

 次の瞬間、ソウルケイジが携える木剣の切っ先がケルディンの喉元にぴたりと添えられていた。

 誰も、ソウルケイジの動きが見えなかったらしい。


「まさか……防御すらさせて貰えなかったとはな」


 ケルディンはごくりと喉を鳴らした。判定担当も、アニエラも、そしてギャラリーの万職達も、誰ひとりとして呻き声すら上げることが出来なかった。

 この空恐ろしいまでの沈黙の中で、ソウルケイジはそのまま木剣を引いた。


「これで終了か?」


 その低く落ち着いた声音に、ケルディンは静かに頷き返す。その額に脂汗が浮かんでいた。


「判定結果を聞こう」

「俺の独断で良ければ、間違い無く純銀級だ……判定担当にも異論は無いな?」


 ケルディンが判定担当席の職員らに水を向けると、彼らも純銀級判定に同意して小刻みに頷き返してきた。

 それから一瞬間を置いて、アニエラが大喜びの笑顔を咲かせて、ソウルケイジのもとへと駆け寄った。


「す、凄いです、ソウルケイジさん! やっぱり貴方は、とんでもない逸材だったんですね!」

「早速だが登録証の更新を頼む」


 この日を以てソウルケイジは、一流万職の仲間入りとされる純銀級の承認印を、登録証に刻まれることとなった。

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