第7話 聖女からの提案
リテリアの前で腕を組んだまま佇んでいるメディスは、しかし一旦口をつぐみ、テント内の前後左右に視線を走らせていた。
それからややあって、馬鹿にした様な苦笑を滲ませる。
「これ全部、貴女おひとりで? さぞや大変でしたでしょうね」
「はい、恐れ入ります……」
リテリアは僅かに瞼を伏せた。相手が次に、何をいおとしているのかが全く読めない。そもそもこの聖女は何の目的を持って、態々ここまで足を運んできたのだろうか。
が、その疑念はすぐに解消された。
「まぁそれは良いとして……実は中型凶獣の巣での配置について、お話しに来たんですの」
勿体ぶったいい方に、リテリアの不安が更に募る。
何か良からぬことを考えているのだろうか――嫌な予感だけが徐々に強くなってゆくのだが、それでもリテリアは口を挟まず、相手の次の言葉を待った。
「確か、巣になっているところは大きな洞窟内ということでしたわね。その洞窟の中ですけど、リテリアさん、貴女ひとりで行って下さらない?」
ここで初めて、リテリアは面を上げてメディスの群青色の瞳と真正面から視線を絡め合わせた。
突然何を馬鹿なことをいい出すのか。
そのひと言が危うく喉まで出かかった。
メディスはリテリアのそんな思いを見透かしたかの如く、唇の端を吊り上げた。
「だってわたくし、聖女になって日が浅いでしょ? 化け物の巣の中に飛び込んで行って下手に混乱でもしちゃったら、騎士の皆様に却ってご迷惑をおかけすることになるわよね」
「それは……確かにそうかも知れませんが……」
尤もらしいメディスの弁に、リテリアはどこか違和感を覚えた。
前もって分かっているのなら、何故今回の討伐戦帯同に同意したのか。最初から他の聖癒士数名を増援として投入することを自ら切り出せば良かっただけの話ではないのか。
しかし公爵令嬢に対して、その様な疑問をぶつけること自体が、この国では一種の不敬に当たる。リテリアはぐっと奥歯を噛み締めて己の感情を抑え込んだ。
メディスは勝ち誇った笑みを湛えて、更に居丈高に胸を反らせた。
「あら、わたくし何も務めを果たさないなんてことは、いっておりませんのよ。わたくしは洞窟外で待機して、後方に搬送されてきた重傷者の皆様への対応に当たろうと思っておりますの」
更にメディスは言葉を重ねる。
激戦の場に於いて、深手を負った騎士はリテリアの応急処置で一命を取り留めることは出来るだろうが、洞窟内での完璧な治癒術の行使はまず不可能だ。
そこでメディスは、後方搬送されてきた者達に対する本格治療に徹しようと考えているのだという。
もし万が一、メディスとリテリアが洞窟内でふたり同時に斃されてしまっては、その後は誰が治癒術を試みることになるのか。
聖女と特級聖癒士がふたり揃って敵の本陣に突入するのは、愚の骨頂だとメディスはいう。
「わたくしはその点も踏まえた上で、この様にご提案しているのですけど」
メディスの説明には、戦術上の誤りは無い。確かに彼女のいう通り、ひとりが洞窟内に、ひとりが洞窟外の後方に待機するのが最善の策の様に思える。
そのこと自体はリテリアも、冷静に考えた上で理解出来た。
だがどうにも、何かが引っかかる。
恐るべき企みが、メディスが示した策の根底に潜んでいる気がしてならなかった。
それでもリテリアはメディスの提案を、受けざるを得ない。相手は公爵令嬢である上に、特級聖癒士を遥かに上回る聖女なのだ。
その策に意見を挟むなど、もっての外だ。
リテリアはただひと言、承知しましたと頭を下げる以外に無かった。
ところがここで、メディスは更に思わぬひと言を放った。
「あぁそれと、わたくしのこの策はクロルド殿下もご承認済みですから、改めて騎士団の皆様にご説明する必要はございませんわ」
リテリアは思わず面を上げて、再びメディスの美貌を真正面から凝視してしまった。
既に騎士団をも交えた決定事項ならば、何故態々、相談などという回りくどい方法でリテリアにこの策を押し付けにきたのか。
(あぁ、そうか……このひとは、力関係を見せつけに来たんだわ)
自分は、指揮を執るクロルドとは戦術面に於いて意見を交わす立場にある――その事実をリテリアに示すことで、聖女としての立場と地位をリテリアに刷り込もうとしたと考えれば、彼女のこの行動に合点がゆく。
しかし最早、リテリアにはそんなことなどどうでも良かった。
敵の本拠地に、たったひとりの治癒担当として突入することが決まったのならば、ひとりでも多くの騎士を救うことに全力を注がなければならない。
これ以上、聖女の下らないパワーゲームに付き合っている暇は無いだろう。
(私がしっかりしなきゃ……騎士の皆さんが全員、生きて帰ることが出来る様に……!)
リテリアは、妙な含み笑いを漏らしてテントを去ってゆくメディスの後姿ではなく、その向こう側――決死の殲滅戦にその身を投じようとしている王立第四騎士団の、そしてアルゼンを含む近衛騎士達の姿だけを、じっと見つめていた。
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