第4話

 カレアナ聖導会シンフェニアポリス本部の第一本堂。

 中央には円形の巨大な祈祷場が設けられており、その周辺は幾つかの部屋に分かれている。

 筆頭聖導師ブラントはリテリアとクロルド、そして王家御付の従者らをそれらの部屋のうちのひとつへと招き入れた。

 長卓に人数分の木椅子が据えられている。全員が着席したところで、ブラントはクロルドに、目線だけで促した。話を始めろ、ということだろう。


「実は近々、中型凶獣共の巣を攻めることになった。本来であれば騎士団だけで対処するのが望ましいが、今回は過日の極大凶獣群による奇襲問題も鑑みて、聖癒士の同行を依頼したい」


 しかし、余り大勢の帯同を頼む訳にもいかないということで、特級聖癒士のリテリアに白羽の矢が立ったという次第。

 成程、そういうことだったのか――リテリアは漸く、合点した。まだ貴族との養子縁組も済んでいない段階でクロルドが態々自分に会いに来たという理由が分からなかったのだが、これで納得出来た。


「ですが、私ひとりで騎士団の皆様を十分にカバー出来るかどうか……」


 事の次第は理解出来たが、如何に特級聖癒士とはいえ、たったひとりで数百という騎士の治癒を網羅出来るかといえば、物理的にノーだろう。

 であれば、せめてあとひとりかふたり、上級聖癒士を同行させて貰えないだろうか。

 リテリアがその旨の申し入れをしようとした矢先、クロルドが分かっているといわんばかりに掌を上げて、リテリアの発言を制した。


「実は、もうひとり強力な助っ人を呼んである……入り給え」


 クロルドの最後のひと言は、隣りの小部屋に通じる通用扉に向けられていた。

 その扉が僅かに軋む音を立てて開け放たれた。


「失礼致します」


 ひとりの美女が、姿を現した。

 リテリアとは然程に年齢は変わらないだろうと思われるが、その全身から溢れる気品と育ちの良さは、まるで比べ物にならなかった。

 幾分派手な色合いではあるものの、華美になり過ぎない程度に抑えたデザインのドレスが、このいささか殺風景にも思える部屋の中では、ひと際鮮やかに映えた。


「紹介しよう」


 クロルドが態々立ち上がって、件の美女の隣に立った。

 この時、リテリアは何故か胸の内がざわめく様な不安を覚えた。


「こちらはラクテリオ公爵家の令嬢メディス・ラクテリオ殿だ」


 リテリアは息を呑んだ。

 ラクテリオ家といえば、エヴェレウス王国六大公爵家の中でも序列第二位に数えられる名門中の名門だ。領地経営のみならず、事業経営に於いても序列第一位のカルドアン家と互角か或いはそれ以上と囁かれる、名実共にトップクラスの大貴族だった。

 それ程の家門の令嬢が、何故この場に?

 リテリアは先程から感じている胸騒ぎが、更に大きく蠢くのを必死に抑えた。


「はじめまして、メディス・ラクテリオでございます」


 挨拶の口上ひとつをとっても、その艶やかな声はリテリアには到底真似が出来ない。高位貴族の洗練された礼儀作法に至っては、最早完全に雲の上の存在だった。

 ブラント聖導師とリテリアも、作法に則って自己紹介と挨拶を済ませたものの、とてもではないが優雅さに於いて対等に立てたとはいえない。


「実はこちらのメディス嬢だが、つい二日程前に、暁の聖女を賜る聖託を受けた」


 クロルドの説明を受けて、リテリアはまたもや息を呑んだ。この十数分の間に一体何度、驚かされたことになるのだろうか。

 しかしだからといて、リテリアはメディスの端正な顔立ちを無作法に見つめることは出来ない。如何に特級聖癒士とはいえども、高位貴族を無闇に見つめることは不敬と見なされるからだ。

 だがそれ以上にメディスが暁の聖女であった事実に動揺してしまい、例え面を上げて凝視しろと命じられたとしても、彼女の顔を真っ直ぐに見ることが出来ただろうか。

 それ程までに、リテリアが受けた衝撃は大きかった。

 カレアナ聖導会に於いて、聖女は頂点に君臨する大聖導尊師の次に序列が与えられる。特級聖導師など足元にも及ばぬ程の高位の存在であり、治癒力の面に於いても圧倒的な力を有すると目されている。

 そして聖女が王妃や王太子妃に迎えられるケースは珍しくない。王家からすれば特級聖導師以上に、是が非でも血筋に取り込みたいと願う程の貴重な存在なのである。


(そ、そんな凄いひとが、今、目の前に……)


 リテリアはただただ、メディスの存在感に気圧されるばかりであった。

 そして、ここで気付いた。

 先程クロルドは、もうひとりの強力な助っ人を呼んだと明言した。まさか、それは。


「実は此度の遠征にはメディス嬢にも帯同して頂くことになった」


 矢張り、そういうことなのか。

 リテリアは何ともいえぬ表情で視線を卓上に落とした。

 本来であれば、喜ぶべき場面であろう。カレアナ聖導会所属の聖癒士であれば、聖女の誕生は誰よりも真っ先に祝福し、感謝しなければならない。

 しかしどういう訳か、胸騒ぎが止まらなった。背筋に何か、冷たい気配が漂う。錯覚だろうか。

 ここでリテリアはほんの一瞬だけ僅かに面を上げて、その視線をメディスへと向けた。

 そして、その時のメディスの群青色の艶やかな瞳には、獲物を啄む猛禽類の如き鋭い光が垣間見えた。

 リテリアの中で、警鐘の音が高らかに鳴り響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る