第2話

 男は、石造りの街門前に立っていた。

 何人かのひとの列が出来ており、衛兵による身分照会を受けている。やがて、男の番になった。


「ようこそクルアドーへ。訪問の目的は?」


 30歳を幾らか過ぎたぐらいの金属製鎧を纏った衛兵が訊いた。

 男は、数日前に別の村で入手した万職(よろずしょく)の登録証を差し出しながら、仕事を探しに来たと応じる。

 万職、またの呼び名を冒険者。

 所謂何でも屋である。物品の採集や捜索から始まり、果ては極大凶獣の討伐まで何でもござれの、まさに命を懸けた冒険に身を投じる者達だ。定職を持たないやくざ者という見方も出来る。

 大体どの街にも万職相互組合が設けられており、大き目な村にも出張所が置かれている。男が登録証を手に入れたのは、後者だった。

 万職は街から街へ、国から国へと移動しながら依頼をこなすケースが少なくない為、万職登録証は関所や街門を通る際の身分証明書として公式に認められている。

 ここクルアドーの街門に於いても然程の審査も無く、ほぼ素通りに近い形で通過が許された。


「では街での滞在をお楽しみ下さい、ソウルケイジさん」


 穏やかな笑顔で登録証を返してきた衛兵に、その男――ソウルケイジは小さな会釈を送って街門を抜けた。

 一歩街中へ入ると、突然ひとの姿が多くなる。大通りの脇には露天商が数多く並び、街の住人や万職とひと目で分かる連中がそこかしこにたむろしていた。

 そんな中、ソウルケイジは幾らかの好奇の視線を浴びつつ、万職相互組合クルアドー支部を目指した。

 石造りの頑強な建物の木製扉を抜けると、結構な人数が目に付いた。カウンターの受付嬢に何やら話しかけている者、掲示板前で友人や仲間と話し込んでいる者、テーブルに陣取って酒食を楽しんでいる者、手持無沙汰にぼーっと突っ立っている者など、実に様々だった。

 そしてソウルケイジがエントランス兼ロビーに足を踏み入れた瞬間、それらの連中の多くが視線を投げかけてきた。余所者を値踏みする様な目つきであったり、単純に好奇心から目を見開いていたりなど、こちらも種々雑多な感情が入り乱れている様に思われた。

 しかし、誰も声をかけてくる者は居ない。警戒しているのだろう。

 ソウルケイジはそれらの視線を一切無視して、幾つかあるカウンターのひとつへと真っ直ぐに歩を寄せていった。

 すると、用件を告げるよりも早く、凛とした声音が先に出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。本日はどの様なご用件でしょうか?」


 応対に当たった娘は20歳前後の笑顔が可愛らしい娘だった。万職相互組合の制服を綺麗に着こなし、真っ直ぐに伸びた背筋から受付嬢としての意識の高さが伺える。

 ふくよかな胸の辺りに、アニエラという名札がピン止めされていた。

 ソウルケイジは自身の登録証を差し出しながら、滞在申請と適当な依頼の斡旋を申し入れた。


「かしこまりました。少々お待ち下さいね」


 受付嬢アニエラはカウンター奥の資料棚へと歩を寄せ、幾つかの書類らしきものを集め始めた。

 と、その時、不意に横合いからソウルケイジと同じ様な体格の強面が、馴れ馴れしく肩に触れてきた。いや、馴れ馴れしいというよりも威圧感を与える様な仕草で、といった方が正しい。


「よぉ、見ねぇ顔だな」

「この街は初めてだ」


 ソウルケイジは目線も動かさず、淡々と応じた。


「折角俺が話しかけてやってんだ。面ァぐらいこっち向けろよ」

「頼んだ覚えはない」


 その瞬間、強面野郎は顔を紅潮させてソウルケイジの胸倉を掴んだ。

 周囲がざわつく。またドルーガーの奴が新入りに絡んでやがる、などのヒソヒソ声が聞こえてきた。

 背後の騒ぎに気付いた受付嬢アニエラが慌ててカウンターの奥から飛び出してきた。ドルーガーなる強面男を止めようというのだろうか。

 他の受付嬢らは恐怖や困惑の表情でその場に凍り付いている。或いは、カウンター奥の扉へと慌てて引き退がり、他の職員を呼びに走るなどの姿もあった。

 が、この場は既に、簡単には収拾がつかない程の騒ぎへ発展しつつあった。


「おぅコラァ! 良い度胸してんじゃねぇか! いっとくがな、アニエラは俺が狙ってんだよ! てめぇみてぇな余所者がおいそれと口説いて良い相手じゃねぇんだ!」

「や……やめて下さいドルーガーさん! ここでの乱暴は……!」


 しかしアニエラが駆け寄るよりも早く、その強面野郎、即ちドルーガーなる男は突然その場に崩れ落ちた。

 何が起きたのか、誰にも分からない。ただ突然、ドルーガーが気を失って昏倒した様にしか見えなかった。エントランス兼ロビー内は、驚きと戸惑いの感情で溢れ返った。


「万職相互組合規約第二条第三項。治安維持圏内に於ける万職への攻撃はこれを厳罰とする。但し双方合意のもとで行われる場合はその限りではない。尚、その際に生じた物理損害への弁償及び補償は当人の財を以てこれを補填するものとする」


 ソウルケイジは白目を剥いて倒れ込んでいるドルーガーには目もくれず、聞こえよがしに低い声音を朗々と連ねた。おろおろとその場でうろたえているアニエラに対し、この騒ぎはこれで終わりだと示した格好だった。


「あ、あの……お亡くなりには、なってません……よね?」

「そのうち目を覚ます。それより俺の滞在申請と依頼斡旋を引き続きお願いしたい」


 まるで何事も無かったかの様に、ソウルケイジはカウンターの置きチラシ箱に入れられている何枚かの手書きの紙片を手に取って眺めていた。

 一方、倒れ込んだドルーガーの顎先には、うっすらと痣が残っている。

 誰も、ソウルケイジの放った音速級の拳打には気付いていない様子だった。

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