第十一章 「磨禅侘」「祀暥」

彼が腰をギシィっと直すと、胸の前でその真っすぐ長い剣を夜空へ掲げた。そして、僕らのことを瞬きなく真剣に、だが口角を上げて見ている。


一方、青海さんはいつの間にか臨戦態勢に入っている。気の早さに不安を覚えつつ、慌てて僕も心を決める。

「こうなったら、戦うほかないわよ。」

「わかった。」

僕と青海さんは、互いに脇の下へ刀身を構え、腰を構えた。僕のはマゼンタに、青海さんのはシアンに。シンプルで神々しくも激しい、線香花火のような刀身が放たれる。

すると黒い男は、鼻を僕へ向けこう言った。

「そうだ、赤山。お前の様子を陰から見ていてわかったことがあるよ。たしか、想像とともに色の名前を言うんだよな。」

まずい、一番知られてはいけないものが既に知られていた。



「執刻(しっこく)」



さすがは2mある細身。ずん、と僕らへ近づくと、レイピアで一振り、僕らを切りつけようとした。しかし、それを何とか防ぐ僕と青海さん。



「磨禅侘(マゼンタ)ッ!」「祀暥(シアン)!」



命までは奪いたくないため、僕は彼のみぞおちを峰打ち。さらに、青海さんの大振りな神々しい波動で、彼を境内側の岸へ吹き飛ばした。

しかし、彼の執刻も僕らに命中し、お腹に岩を入れられたような重みと痛みが襲う。お互い、制服が切れてしまったみたいだ。

「俺は、言ったぞ。執行の刻(とき)、つまりは執刻、と。」

彼は臀部を打ったものの、ニッコリとまた立ち上がる。


正直、このお腹に受けた重い切り傷で、あと一回しか想像を繰り出せないと思う。地面に着いた右ひざの震えが、そうささやく。執行と言った通り、想像はおろか、命もなくなるだろう。

隣を見ると、青海さんも険しくお腹を押さえ、堪えている。同じ苦痛を彼女も受けたようだ。臨戦態勢の彼女に抱いた不安は的中していた。

しかし彼は、僕たちの攻撃でダメージを受けているものの今、川の中へ入り、こちらへ歩く。戦ってはだめだ。何とか説得することができれば。


そういえば彼は、陰口で馬鹿にされ、いざ自分の前では態度を変えられるのが嫌だったようだ。幸せを実感するはずが、人の悪い心を想像することで苦しめられていないだろうか。かといって、「前向いて生きろ」と言っても素直に聞くわけがないだろう。二度とまっすぐになれないくらいに陰口を知り、苦しみ、そしてさらに想像してしまったのだから。

今僕にできることは、彼の話を聞くだけだ。こんなに危ない状況だが、僕に、辛かったこと全部言ってもらえるように。僕は裏表ない人物だと、彼に信じてもらえるように。

そのためには、今思っていることをすべて言う他ない。それも裏表感じさせないようなことを。僕は彼に対して、口を動かした。


「本当に怖い。その『執刻』っていう技も、僕が死んでしまうかもしれない痛みも。」

隣で堪える青海さんには、本当に申し訳ない。僕が言ったことに対して、目を見開いて、青海さんはこう言い返した。

「なにバカなこと言ってんの!それじゃあ彼の思うつぼ!あたしたちは、ちゃんと生きて、生き延びるんだんだから!」

「でも今必要なのは、表裏なく本心を伝えることだ!彼は今まで、想像で苦しめられてきたんだ。人は、どんな本心を持っているのかを、そう易々と見せてくれない。だから人の本心は想像するしかないんだ。特に彼は、自分が立つ前に限って人に態度を変えられてきたから、それも疑心暗鬼に想像するしかなかった。それが、苦しかったんだよね。」


果たして、彼が求めたのは人々の本心なのだろうか。


流れを揺らし、川を狂わせながら、僕らのもとへ近づいてくる彼。それも、高らかな笑顔で。僕らの目の前に迫ったとき、彼は、

「ヌ、ヌ、、」

川のしぶきを立てつつ、顔を前へ向けたかと思うと


「ヌハハハァッ!そうだ、見せろ!その恐怖に慄く本心!俺を怯怖すること!さあ、怖いなりに、もっと本心をぶつけろッ!」


その通りだったのだ。彼は、人の本心が欲しかったのだ。

「ほら、青海さんも。ちゃんと言って。」

青海さんは、舌打ちをついた。

「あたしが何言っても知らないわよ。」

「うん。」

さあ、来る。

「あんたに命取られそうで本当に怖いわ!あんたの技を受けてから、あたしのお腹にも黒い傷ができたみたいだし。」

え、黒い傷。手を震わせてワイシャツの切られた部分を広げて中を見ると、確かにどす黒い傷ができ、ひりひりする。いよいよ命がとられることに現実味を感じ、ヒヤッとする。

「けど、あんたにいつまでも監視されるのも嫌!今ここで、あんたの黒の柄を取り戻す!」

だがこんな傷を受けてなお、今の青海さんにとってこれが本心なのか。受け身な僕と違って、すごく強い人だ。

でも、僕だって強いはずだ。それを証明したいがために僕は、こんなに重く、不気味な傷になお耐えて何とか立ち上がり、川へ向かった。

「そうだ!僕も、君に命を取られるんじゃないかと思うと怖い!けど!僕たちは、君から黒の柄を取り戻して、勝つ!」

えっ、と言いそうな口になってしまった青海さん。この僕の言葉に、彼女は驚いてしまったが、僕に続こうと、彼女も両目つぶって堪え、川へ入った。

「勝つ、良い言葉ね!そうよ!あたしたちは、あんたの恐怖に勝つ!」

それに対し、黒の柄の彼は、笑顔の中にも、目の輝きを取り戻していた。

「そうだ、そうだ!それが欲しかった!俺としっかり対峙して欲しかったんだ!」


いざ、自分の話題をしている人の前に立つと、どんなに大人数であっても黙り込まれてしまう。どんなにトランプのカードゲーム中でも、人狼で盛り上がっていても、楽しいことをして既に皆の気分が調子にのっていても、「俺も入れて」というだけで、温まった空気が鳩のように飛び去る。そして白ける。そこに残るのは苦しみ。そんなことを、彼は今まで感じていたはずだ。なんていうか、僕を見ているようで辛い。だから、しっかり自分から逃げず、相手してもらえる嬉しさも十分わかる。


だが、想像の暴走とはいえ、彼を倒してよいのか。


幸せを実感するために想像を、使ってもらえないものだろうか。

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