第十章 「黒の柄」

青海さんを誘拐した彼は、人間ではなく、想像の暴走だった?


そうして彼の方をみると、真っ暗闇の中でもわかるくらいの全貌が見えた。

2mほどの細い木のような立ち姿。目は不気味に、ほぼ黒目だけ。どうやら先ほどの環印零止を引きちぎったようで、川につけないように両腕を上げていた。そのうちの左手に僕らと同じ柄を持っている。柄の先端には金のレリーフがあり、「黒」と刻印されていた。あれが「黒の柄」だろう。細長く、黒光りする蛇が、何重にもとぐろを巻いたような意匠だった。長方形の銀の鍔がついており、その先からは、先程青海さんを刺そうとした、細長い剣が黒錆纏って伸びている。



「青海 つるぎ、てめえがその赤山 盾って奴をしっかり殴り込み、赤の柄を奪えば、奪えばよかったのに。そしたらお前の影から、赤と青の柄、奪ったのにヨォ。なのに、なんで…俺はこんなの認めんぞ!」



突如として彼は感情をむき出しにした。人間じゃない怪しさを持つも、人間のよう。何か妙だ。

「青海さん。この想像の暴走、変に人間臭いよ。」

「元の使用者の想像が、恨みや呪いともいえるくらいに歪んでいたのね。一種の分身であるともいえるわ。」

もとの使用者の分身。妖怪の、理屈が通じないような恐ろしさなのも納得できる。このまま川から僕たちの方へ、しかも「黒の柄」で突き刺されたら危ない。そう思い僕は、彼を落ち着かせることにした。とにかく話を聞かないことには、何も始まらない。

「あの、僕でよければ、あなたの話を聞かせてもらえないでしょうか?」

「は?あんた正気?こんな不審者に対して?」

「彼を不審者だなんて言わないで。」

彼をへんに侮辱したら、それこそお互いが危ない。


しかし、本当に侮辱してしまったようだ。


「見せかけの気遣いかよ。そう言ってお前、今まで何人笑ってきた?」

「え?」

「今まで何人笑ってきたんだ!陰で人を笑って、ありもしない妙な設定を付けて、そうやってみんな生きてんだよ!お前の今のその態度!俺がいないところだとまた変わるんだろ!」

僕の方を見て声を荒らげ、憎しみをぶつけてきた。できることならここから逃げたい。だが逃げたら、彼に名前を知られている以上、いつ狙われるか分からない。


一方で、なんとなく彼の生い立ちも分かった。陰で変な風に言われ、バカにされ、下に見られるのが嫌だった。いざ自分が目の前に立った時に限っては、何も言われず、冷ややかな態度へ変えられてしまう。試しにこの方向で説得してみることにした。

「もしかして、陰で馬鹿にされるのが嫌で。かといって自分が目の前に立つと、態度を急変されるのも嫌に感じていたの?」

「お前、心の中で俺を迷惑がってんだろ。分かってるんだからな!お前も『監視』するからな。」

そうみたいだ。

「監視って、影の中に隠れてってこと?その『黒の柄』で。」

「ああそうさ。『監視』。俺に一度監視されたら、もう逃れられないから言うが、お前が言ってる『黒の柄』の能力でやってるんだ。今はこんな影ができないくらい暗い夜になって、影なんてねえから使えないが。さらに、冥途の土産に一つ教えてやるよ。俺は、お前らの赤や青の柄を奪いたかったんだ。俺と同じようなもの持ってて、いずれ、影からの監視に対抗しうるかもしれないからな。だから、青海、とか言ったか。お前を監視していた。じゃあ、冥土に送る。」

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