第15話 予行練習

「こっちは今日はもう雨降らないらしいけど、母さんが乗ってくる電車。ちょうど大雨の降る地域だわ」

 昼過ぎに、ママがお祖母ちゃんと電話をしていた。

「無理しないでね」

「お祖母ちゃん来るの難しいの?」

「向こうの家のことは、何とかなったみたいだけど。天気がね。まだわかんないけど、かなり雨が降るかもって予報が出てるから」

「そう、なんだ」

 お祖母ちゃんが無事来れますようにと、祈るしかなかった。



 集合時間は、午後三時半。まだ暑い時間に、千穂はママに公民館まで送ってもらった。

 公民館までの道の途中から、広場まで屋台が組まれていた。たこやき、かき氷、冷やしパイン、金魚すくい。

「今夜はどうにか雨が降らなって予報みたいね」

「良かった」

「本当にね。ここまで準備して出来ないってがっかりだからね」

 準備をする人たちが、天気の心配をしながら準備をしている。

 車は手前から通行止めとなり、千穂はお祭りの前の様子を眺めながら坂道を歩いた。


  

 公民館の中に入っても、みんなそわそわと落ち着かないように見えた。

 ウクレレだけでなく、合唱や、オカリナや踊りといった普段公民館を利用している人たちが集まり準備をしていた。

 今までで一番、公民館の人口密度が高い。

「千穂ちゃん、こっち」

 三原さんが手招きしてくれる。

 部屋の一角に机とイスが準備され、ウクレレの会の荷物置き場となっていた。

「浴衣着てくるって言ってたものね。ナデシコがよく似合っててかわいい」

 千穂はなぜかはりきったママから強引に浴衣を着せられていた。

 布地の花模様はナデシコという花らしい。金魚がいることしか、知らなかった。

 普段と違う格好で上手く弾けなかったらどうしようと、それがばかり心配で着替えてから、お腹の前にウクレレを抱え違和感が無いか何度も試した。

 みんなと違う格好で目立ちたくもないのにと思うが、集まった大人たちから「かわいい、かわいい」と褒められると悪い気がしなくなってしまった。


 いつの間にかウクレレの会に溶け込んだ杏も早めに来ていて「お、かっわいいねぇ。なんだ。私も浴衣着てくれば良かった」と本気で後悔するように言った。

 対して奏太は、いつもよりはきれい目に見えるTシャツとハーフパンツ。あまり変わらない。

 浴衣を着た自分だけが張り切ってるみたいで恥ずかしい。しかも奏太は千穂の白い浴衣を見て「暗いとこで見たら幽霊」と言うので、杏にバカと叱られた。


 ステージは天幕に照明も取り付けられていた。演奏会の始まる時間帯から、明るくするらしい。

 準備のできたステージで、立ち位置を確認したり、実際にウクレレを弾いて合同練習を一通りした。

「ウクレレの会の予行練習時間は、あと五分です」

 と声がかかって「じゃあ、あとはステージになれるように各自練習」と足田さんが手を振った。

 ステージの上で千穂は、パイプ椅子がいくつか並んだ客席を眺める。

 夕方と言える時間になってきたけれど、まだまだ暑い。

 

 ステージは公民館の建物前にある木の下に、台を置いて、いつもより少し高い場所から広場が見渡せる。

 それぞれが音を出して、最後の練習時間。

 千穂も、ステージに準備された椅子に座りウクレレをポロロンと鳴らす。

 譜面は覚えたので確認する程度でいい。

 指が覚えている。

 難しいことはまだまだ出来ないけど。

 今はとにかくこの景色になれて、緊張が出来るだけ解けるようにしよう。


 ポロ、ポロと、ゆっくり七夕様を弾く。八月七日は月遅れの七夕だから、この曲がふさわしいと言っていた。

 ささのは、さらさら

 準備をするのに周りに人はいるけど、メロディを聞いているのは自分だけ。

 杏や三原さんの二人の孫や、小学生が集まっていて、笑い声が上がっている。

 人は居るのに、あまり注目されなくてちょうどいい。

 屋台を避けた広場の隅の方で、手持ち花火をしているのだ。

 強い西日が木の影を抜け、パチパチ広がる火花を照らしては透明にしている。

 風が吹いて、花火の煙の匂いがした。同じ風が千穂の前髪と譜面を優しく揺らす。

 次の曲。

 弦を弾く。

 手元から自分の音が聞こえる。

 今弾いているきらきら星は、自分のためだけに弾いている。自分だけのもの。

 ウクレレを弾き続ける限り、またこの時間を過ごせる。

 自分でこんなに幸せな時間を作れるのだと唐突に思った。

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