第13話 運命の曲
七月に入ると、みんななんとなく夏休みの話をしてそわそわしている。
どこへ行く? 何をするの?
楽しそうなおしゃべりが聞こえてくる。
公民館での演奏会の話を亜理紗にすると、喜んで聞きに行くと言ってくれた。
「千穂も出るんでしょ」
「う、ううん。悩んでる」
「出なきゃ、せっかく練習してるのに」
「だって、まだ上手じゃないし。誘われてはいるんだけど。人前に立つのダメだし」
「話すわけじゃないんでしょ」
「うん」
「一人で立つわけじゃないでしょ」
亜理紗の説得に、気持ちが揺れてきた。それはそうとして、
「もう一つ聞いてほしいことがあるの」
とノートを広げた。杏の家で電話をしながら、書き留めたものだ。
「この中で知ってる曲があれば、お祖母ちゃんのために何か出来るかなって思ってたんだけど」
一つもなかった。メモ帳を広げ、あらためて眺める。喧嘩して会が解散となった演奏会の曲名が並んでいる。
亜理紗がのぞき込み、声を上げる。
「この曲知ってる。千穂も聞いたことあるよ。だって演劇鑑賞会の時流れた曲じゃん」
「え?」
「三年生の時見に行った、銀河鉄道の夜」
文化センターでと言われ、千穂も思い出す。
市内の小学生が集められ、演劇鑑賞会が開かれた学校行事があった。
千穂たちの席から演技する人が立つ舞台までの距離は遠くて、顔の表情は見えなかった。でも舞台の上の、鉄道の座席のセットが置かれていたのは覚えている。
「その中で歌ってたでしょ」
反応できない千穂に、まったくという顔をして亜理紗が「あかいめだまのさーそりー、ひろげたワシのつーばさー」と歌って見せる。
突然の歌声にクラスメイトが「なになに」「どうしたの?」と面白そうに視線を集めるが、亜理紗は動じない。
むしろ積極的に、まき込む。
「演劇鑑賞会のときの歌なんだけど、覚えてない?」
「あ、覚えてるよ」
「私あの話の、すごくきれいな絵本が家にある」
「千穂が、この曲をウクレレで弾きたいんだって」
「え? ウクレレ?」
「えーと、あのハワイの楽器?」
「弾けるの、すごい」
突然、注目された千穂は「始めたばっかりだから、そんな弾けないよ」と言いながら照れる。
「千穂、歌のこと、思い出した?」
「お、思い出しそうなんだけど」
「もー、思い出してよ! 私が面白かった感動したって、何度も話したの聞いてたでしょ!」
確かに、亜理紗はあのころたくさん感想を話して聞かせてくれた。
物語のあらすじは、不思議な鉄道に乗って夜空を旅する話だった。きれいで切なく、実は取り返しのつかない主人公の悲しい話だったと浮かぶけれど。
それから亜理紗が何度か歌い、劇の内容をクラスメイトと話すうちに千穂は確かに聞いた曲だと思うようになった。
昔祖母たちの演奏した曲「星めぐりの歌」を、演奏会のプログラムに入れてもらえないか。
千穂は足田さんに相談した。
「プログラムの曲はもう決まってしまったんですよ」
「すみません! でも、短くてもいいので、どうにか演奏会に入れられませんか」
「たしかにこの曲は、私も好きです。それに今年の星を題材にした演奏会なので、とても合いますが。あとひと月しかありません」
足田さんは何かを考えるように千穂を見た。
「みなさんに曲目の変更を相談してみるとして、千穂さんにも弾いてもらいます」
提案した自分が出ないわけにはいかないだろう。それは当然だ。
「はい」
足田さんは少し面白がっているようにも見える。
「それも、始まりのところを一人で」
「え」
予想していなかった。
「もちろん千穂さんに合わせた譜面にしますが、それが条件です。どうしますか」
千穂が返答に詰まったのは一瞬だった。
「出ます。練習がんばります」
星めぐりの歌へ変更されたプログラムのために、まずは楽譜を準備しなければならない。
それは足田さんが、すぐに探してくれたので、次の週にはそれぞれの手に渡った。
学校でも休み時間の度に、千穂は星めぐりの歌のタブ譜を広げて指の形を練習した。
きらきら星は、もともとよく知っている曲で、ピアニカでも弾いたことがあるのでドドソソララソと、すぐに空で言えた。
それと同じぐらいに、星めぐりの歌もまずは暗記をしようと思った。ドレミで言えるようにしよう。
暗記をしてしまえば、譜面を見る回数が減り、失敗も減る。
譜面と、ウクレレの弦を押さえる場所を見てと視線がいったりきたりでは指の動きが遅くなるし、間違いが増えていくのだ。
「オリオンは高く うたひ つゆとしもとを おとす」
長い休み時間には亜理紗ちゃんが一緒に歌ってくれたので、早く覚えられそうだった。
練習を見られて恥ずかしいが、ウクレレを弾くことに対しては、良く思ってくれるクラスメイトが何人かいることがわかって嬉しかった。
自転車で公民館へ行くと、奏太くんが待っていた。
「今日も来ると思ってた」
「音が、途切れ途切れになるの」
星めぐりの歌の指の動きは覚えてきたが、実際弾いてみると音がきれいにつながらない。
実際に千穂が弾いて見せたあと、奏太がお手本を見せてくれる。
「千穂は次の音を出すのに焦りすぎて、指を動かすの早すぎ。もっと十分に音を響かせないとブツブツ切れる」
確かに私あせってる。
「曲が止まっちゃうの怖くて、すぐ次に行こうと思っちゃう」
「譜面見ると023だけだし。指の押さえる場所そんなに離れてないから、焦らなくても間に合うって。はい、やってみて」
「ん」
家に帰った千穂は部屋にこもって、練習を続けた。譜面を広げ、奏太に教えられたとおりにコードを慎重に指で確認する。
「指は立てるように弦を押さえる」とつぶやき、弾き始めた。
静かな部屋に響くメロディは、初めはやはりとぎれとぎれで不安定に聞こえた。何度も練習するうちに徐々にスムーズになっていく。
途中、何度かミスをしたものの、その都度復習をかさね、自分のペースで進めていった。
何度も繰り返し最後まで弾き終えた時、千穂は微笑むことが出来た。
「これならいけるかも」と思い、自信を深めた。
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