第11話 和子お祖母ちゃんは来ない

「ママ、ダメだった」

 テレビの前にいたママは、スマホを持つ千穂に静かに見上げていた。

 

 昔、和子お祖母ちゃんもウクレレを弾いていたが、千穂が小学校に上がる前に辞めてしまったとママに聞いた。

 千穂が出るかどうかは別として、演奏会を和子お祖母ちゃんと一緒に過ごせたらと思っていた。

 その時までに弾けるようになった曲を聞いてほしい。

 お祖母ちゃんを演奏会に誘ってみたいと相談すると、ママも乗り気になった。


「お祖母ちゃん。私、今ねウクレレを練習してるの」

 電話の向こうで和子お祖母ちゃんが息を飲む気配がした。

「私が出るかどうかは、まだわからないんだけど、8月7日に演奏会があるから、来てほしくて」

 すぐに返事は無かった。

「その日に、帰れるかどうか」

「お祖母ちゃん」

「お姉さんたちと相談して、考えてから返事するね」


 和子お祖母ちゃんは、自分のお姉さんが足の怪我をしてそれからしばらく一緒に暮らしている。

 買い物や病院に付き添ったり、掃除を手伝ったりしていると聞いていた。でも二、三日だったら、帰ってこれるんじゃないかと思っていた。

「順子おばさんだって、数日一人で暮らすぐらい平気だと思うんだけどね」

 とママも納得していない顔だ。


 来たくないのではなくて、ウクレレを見たくないのかもしれない。

 演奏会に来たら、ウクレレの良いところを思い出して、気持ちが明るくなるかもしれないと思っていたけれど。  

 お祖母ちゃんにとってのウクレレは、千穂が思っている以上に辛い存在なのかもしれない。



 少しずつ日差しが夏めいてきたが、木陰の中は涼しかった。

 千穂と奏太は演奏会の曲を練習するため公民館の広場のベンチにいた。公民館は小高い丘の上にあり、広場は見晴らしがいい。少し離れて見える山の上に、白い大きな雲が広がっている。


 演奏会の星にちなんだ曲には、七夕様も選ばれていた、

 ささのは さらさら と、知っているメロディをたどたどしく繰り返し弾く。

 本来の速さで弾く前に、指が覚えるようにゆっくりゆっくり繰り返す。

「千穂の指は、弦を押さえる場所を覚えてきたから。次は音の大きさをそろえることを意識したほうがいいよ」

「うん。やってみる」

 

 その中で千穂は、祖母との思い出にひたっていた。

 千穂が小学校に入る前までは、ウクレレを弾いていたと聞いた。

 それなら、祖母が千穂の前でウクレレを弾いた日があったはずだ。大事な思い出を自分は忘れてしまったのだろう。

 パパとママは、お祖母ちゃんが悲しまないように、千穂にウクレレの存在を隠していた。話を出すことは無かった。


 例えば、ママが帰ってくるのを待つ夕方。

「おばあちゃん、ひいて?」と小さな千穂が尋ねると、祖母は優しい笑顔で「もちろんよ」と弾いてくれたはずだ。

 まぶたが熱くなる。

 夕陽が全てを金色に染め、一瞬一瞬が永遠に続くように。

 祖母の大きな手が弦を響かせる。

 奏でられたメロディは、小さな千穂の心に明るい光をくれたはずだ。

 失くしてしまった思い出を胸に、千穂は祖母との再会を夢見てウクレレに向き合う。


 七夕様の二番の歌詞が楽譜に書いてあった。今まであまり歌ったことが、無かったのだろうか。

 お星さまキラキラ そらからみてるだと、千穂は今回弾くことになってあらためて知った。


 お祖母ちゃんをひどく傷つけた演奏会とは。

 どんなものだったのだろう。何を演奏したのだろう。

 知りたい。千穂は強く思った。

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