第10話 夏の演奏会の話
「謎のウクレレは、もともとお祖母ちゃんのウクレレで、返ってきただけだった」
学校の休み時間、亜理紗に言うと
「返すならもっと別の、普通の方法があるでしょ」
「そうなんだけど、複雑な事情があって」
千穂は亜理紗に、杏から聞いた、過去のお祖母ちゃんたちの演奏会での喧嘩と、それ以来ウクレレを辞めてしまった話をした。
「不穏で不幸なウクレレ」
話を聞き終わった亜理紗はそんな感想を言った。
「だからわたし、今度はあのウクレレと楽しい思い出を作っていきたいなって」
「なるほど。千穂ちゃんがウクレレを大事にしてるのは伝わってきた。で、その従妹と奏太くんも気になる」
「うん、亜理紗ちゃんにも奏太くんのウクレレ聞いてほしい。すっごく上手だから。びっくりするよ」
いつか聞く機会が出来たらいいなと、千穂は思った。
千穂が公民館についたとき、足田さんと三原さんが、公民館の職員さんから渡された用紙を見て話をしていた。
「今年の演奏会についての、チラシの案がこちらです」
「あら、素敵」
「星にちなんだ演目で、いくつか曲を選んだけどまだ決定じゃないんだ」
興味を持って、見ていた千穂に声がかかる。
「千穂ちゃんは、今年初めてだね。毎年、この前の広場でする夏祭りの中で演奏会をしているんだよ。それまで練習日も増えるからね」
チラシには夜空に星座とウクレレのイラストが並んでいた。
日時と時間が書いてある。
「夜ですか?」
「昼間は暑いからね。七時から始まるけど、千穂ちゃんも出れるかな?」
時間よりも、前に問題がある。
「え。でも、わたしまだ簡単な曲しか」
「簡単なところを担当してもらうから、大丈夫だよ」
「私、人前で演奏するなんて」
ぶんぶんと手を振る。自己紹介の沈黙の悪夢がよみがえる。弾くことは楽しくなってきているけど、人前なんてまだ早い。
「まあまあ、とにかく練習はしておこう。きらきら星なら、千穂ちゃんも弾けるし」
頭の中で、千穂は嘘でしょうと叫んでいた。
人前で演奏? 私が?
奏太に演奏会のことを聞いてみようと話すと「去年も、一昨年も、僕は出たことがないからわからない」と意外な答えが返ってきた。
「出たことないの? え? どうして」
「好きじゃないから」
「演奏会が? こんなに上手なのに?」
信じられなかった。自分だったら上手に弾けるのであれば、みんなに見てほしいと思うのに。
もったいない。
「あ、人前が苦手だったりする?」
「そうじゃないけど」
「私は人前に出ると緊張するし。その上ウクレレも上手じゃないのに」
「練習には付き合うよ」
「あ、うん、ありがとう。でも、奏太くんも一緒なら心強いのに」
そう言っても、奏太は出るとは言わなかった。
“どうせウクレレなんて”
奏太にとってウクレレは大事なものじゃないのだろうか。
その夜千穂は、舞台に立つ夢を見た。
華やかな照明を浴びている。客席が目の前にあり、たくさんの人前で、千穂の足が震えている。
横にウクレレを弾く人が並んで、何人もで演奏している。
千穂の指が、弦を上手くおさえられず曲が止まる。
「あっ」
失敗した。失敗してしまった。どうしよう。
沈黙。たくさんの目が見開いて誰だ誰だと頭を振り、やがて『あの子が失敗した』と千穂を見つける。
悲鳴。
ブツン、と照明が消えて真っ暗になった。
かん高い恐怖の声。
千穂の声ではない。心臓がどきどきしている。
誰かの悲鳴を聞いたまま、目が覚めた。
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