第9話 初めてのアンサンブル
ベンチに戻った杏から渡されたお菓子は紙袋と包装紙から豪華で、ママに何と言おうとちょっと千穂は困っていた。
その杏から「ね、何か弾いてよ。千穂ちゃんも練習してるんでしょ」と言い出したので千穂は焦った。
「あ、私は、まだまだ弾けなくて。無理です」
首を振って、無理ですとアピールする。
家にウクレレあったから、私もちょっとは弾いてたんだよ、と杏が言う。
「でも家って、ウクレレにやたらと気合入った祖母ちゃんのせいで、常に不穏なイライラピリピリが流れててさ」
初めてで弾けなくて当たり前なのに、下手だと言われて嫌になって辞めたと言う。
「祖父ちゃんは多少教えようとしてくれたけどね。親もウクレレ嫌いになりかけてたし。まあ、それだけじゃなくて、私はじっとしてるより体動かすことの方が好きだから」
泳ぐとか、走るとか、今はテニスにはまっているらしい。
「カエルの歌とか練習してる? 私、それなら今も弾けるかも」
「え。弾いたことないです」
ポロンポロンと、話にあきたのか奏太が指を動かして提案する。
「虹の彼方には?」
亜理紗の前で弾いた曲だ。
「聞きたーい。どんな曲だっけ?」
「知らないのかよ。ここのイントロは覚えた?」
「すごくゆっくりなら、何とか」
「じゃ、こっから入って、この後戻って二回弾いて」
千穂も自分のタブ譜を広げ、指を動かしながら確認する。
「奏太くんも一緒に弾くの?」
「伴奏する」
「私、誰かと合わせたことなんて一度も無いよ」
ますます失敗しそう。奏太一人なら上手なのに、せっかくの曲が途中で止まってしまいそう。
「そんな難しいことしない。間違っても何とかなる」
弱気な千穂に奏太が言う。
「初心者の演奏ってわかってるよ。失敗したって、私先生でも審査員でもないし」
杏にそう言われても緊張する。
奏太がこんな風に弾くからと、こっから演奏を始めてという。
え、無理。
声に出すのはこらえたけれど、いきなりそんな高度なことを。
学校の先生のピアノに、ピアニカや縦笛で、合わせたことぐらいしかない。『さん、はい』と言ったら、始めるんですよと。
「そろそろ、いい」
「あ、うん」
良くはないんだけど、いつまでたっても完ぺきな準備なんて出来そうにない。
「別に失敗したっていいよ。遊びなんだし」
「うん」
奏太くんは、本当に何気なく始める。
右手の手首を振る様に、ジャカジャカとかき鳴らす。このかっこいい弾き方をストロークと言うのだと、最近知った。
奏太くんが千穂を見て、はいとうなづく。
3 7
7の高い音は、小指を精一杯伸ばして。それでも、上手く抑えられずきれいな音は出なかった。
ここを過ぎれば、とりあえず小指の出番はない。
イントロが過ぎて、歌詞のあるメロディに入ったところで、杏が反応する。
「ああ、どっかで聞いたことあるかも。映画かCMか」
心地よい。
奏太の伴奏がメロディと合わさって、音が豊かになる。わくわくと、心が躍るのを感じた。
一つでも光って奇麗だったものが、さらにキラキラキラとたくさんの照明を当てられたような輝き。
二番に入って、あっという間に終わってしまった。
「おー! すっごい良かった。もう一回」
拍手をして杏が言う。
奏太くんを見ると、どうすると言う顔をしている。彼は、慣れているし何度でも弾けるのだ。
千穂しだいだ。
あんなに緊張していたのに、千穂は終わってしまうのが残念という気持ちになっていた。
まだ下手なのは分かっているけれど弾きたい。
「もう一回」と照れながら言う千穂を、奏太が「無理って言ってたくせに」とからかって笑う。
誰かに聞かせるほど上手なわけじゃないけど。ただただ、こんなに楽しい。
スマホで歌詞を検索した杏が、ここがいいとつぶやく。鳥たちがその虹を超えていけるなら、わたしにもできるはず。
奏太くんは、いくつかのアレンジで千穂の伴奏をしてくれた。
明るくノリの良くなるものから、ゆっくりと四本の弦をなでるように音を響かせる優しいもの。
ウクレレ一つでたくさんの弾き方がある。なんて奥が深いんだろう。その魅力を感じて、ますます好きになってしまう。
「そのウクレレ、もうすっかり千穂ちゃんの相棒って感じ」
杏が言う。
結局、虹の彼方には五回も弾いてしまった。
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