第7話 もう一つの練習曲
ウクレレを不吉と言われたあの日から、千穂は亜理紗に練習をしてることを秘密にしていた。
クラスでも、あの自己紹介の日から、ダメな奴と見られているのではないかと何となく馴染めない。
そのせいもあって、嫌なことを考えないように千穂はウクレレの練習にうちこんだ。
亜理紗とおはようと言い、休み時間には一緒に移動教室へ向かうけれどウクレレのことは言えない。
その隠し事が後ろめたく、亜理紗とも元通りとはいかなかった。
「亜理紗ちゃん、聞いてほしいことがあるの」
本当の仲直りが出来るかわからないけれど、今のままじゃ嫌だ。出来る限りの力で思い切ってやってみよう。
千穂は亜理紗と、放課後会う約束をした。
待ち合わせ場所は、二人の家の真ん中ぐらいにある公園。
来てくれるだろうか。
早めについた千穂は、期待と不安の中、公園にあるベンチで待っていた。
目の前ではぞうの滑り台を、まだ保育園ぐらいの子がすべって、はしゃいだ声をあげていた。
公園の入り口へ、落ち着きなく視線を送っていると、どこか気まずそうな亜理紗の姿が見えた。
千穂はケースに入れたウクレレを抱えて立ち上がる。
亜理紗の前まで歩くと、ようやく言えると安堵した気持ちになった。
「来てくれてありがとう。……ごめんね、ってもう一度言いたかったの。ウクレレのこと、私に悪いことが起こるんじゃないかって。亜理紗ちゃん心配してくれてたんだよね。それなのに怒ったみたいな言い方になってごめんね」
「それは、あたしも。……強く言っちゃったと思ったごめん」
二人でほっとした顔を見合わせた。
「普通に話せなくなってどうしようって思ってたの」
「だよね。まだ怒ってるかもって。……で、それが例のウクレレ?」
「……見るのも嫌かなって思ったんだけど、見てほしくて。嫌ならこのまま、持って帰る」
「えー? もしかして、練習してたの?」
「うん」
亜理紗は本気で顔をしかめ、けれど「もー、しょうがないなぁ」と大げさに言った。
ベンチの上でケースを開けて、取り出す。
「ん。まあ、見た目はただの楽器だね。なんで押し付けたのかが、謎で怖いけど。どっかに変なお札とか、呪いの文字とか書いてなかった」
「ないよ、そんなの。内側まではよく見えないけど。弾いてもいい?」
「弾けるようになったの?」
「少し、簡単なものだけ」
千穂はウクレレに付いたストラップを首から通し、左でネック、右の腕で挟むように教わったように持つ。指の準備練習として、ドレミファソラシドと何度か音を出す。
それすら、まだたどたどしいところがある。
亜理紗は、おーと声を上げた。
「最初は、きらきら星を練習してたの」
ちょっと緊張する。
キラ キラ 光る
ゆっくりのリズムで指を動かす。ポロンポロンと明るい音が鳴った。
うなずきながら、最後の辺りを亜理紗が曲に合わせて小さく歌う。
最後まで弾き終わると拍手をしてくれた。
「始めてから、二週間ちょっとぐらい? そんなにたってないよね。それなのに弾けるんだ。たくさん練習した?」
「うん、それなりにしてた。あともう一つ練習してたのがあって」
こっちの方が、きらきら星よりずっと難しい。
失敗するかもしれない。
失敗してもいい。今は、亜理紗に曲がわかってもらえれば。
聞いていた亜理紗が、何の曲か気が付いたとき。驚きの笑顔になる。
「え、すごい」
一緒に口ずさんでくれるのは、オーバーザレンボー、虹のかなたに。
亜理紗が良く口ずさんでいた曲。
亜理紗が好きな音楽劇。オズの魔法使いで流れていたと言っていた。
きらきら星より、リズムが難しくて、ところどころ弦を押さえる指を間違える。上手に弾けず自分でがっかりする。
「まだほとんど弾けなくて。だけど。亜理紗ちゃんが好きな曲だから弾きたかった」
短いフレーズだけ。これだけと終わり、どうかなと不安げに顔を上げる。
亜理紗の顔が少し笑い、それが照れ笑いだと気が付く。
「私の好きな曲だから練習してたの?」
「きらきら星の次にね。同い年なんだけど、すごくウクレレが上手な子がいて教えてもらったの」
「へえ。うちの学校の子?」
「違うの。二小だって。ね、少しは、悪いウクレレじゃないって思ってくれた?」
「うーん、まあね。千穂ちゃんがこんなにすぐ弾けるようになったし。楽しそうだし。悪いものではなさそうというか」
「良かった。そう思ってもらえて」
「でも、謎のウクレレだよ。気にならない? どうして押し付けてきたのか」
「それは、まあ、そうなんだけど」
「今さら、返してと言われた方が嫌。もう私の
と千穂は自分に馴染んできたウクレレを手にして思った。
リビングのテーブルに、ウクレレのイラストのある雑誌のようなものが置かれていた。
「千穂がウクレレの楽譜が欲しいって言ってたから、探してみたの」
とママが言う。
「え?」
亜理紗と仲直り出来て、ますますウクレレが上手になりたいと思った。
楽譜がほしいなと何気なく言ったら、ママが家族共有の本棚から見つけ出したという。
「一番下の壁に近い端っこの方に押し込められてた」
そんな忘れられていた楽譜だという。
確かに表紙が曲がって、ぐしゃぐしゃだし色も取れてきている。
「千穂ができそうな初心者むけかママにはわからないけど。童謡とか、のってるみたいだよ」
弾ける曲があるかよりも、千穂は別のことが気になってしょうがなかった。
「ねぇ、ママ。チューナーもそうだったけど、どうしてウクレレの楽譜まで家にあるの? ママわたしに何か隠してそう」
そのとき、ぱらぱらと開いていた楽譜のページから紙が落ちた。
拾い上げると、そこにはウクレレをもった人たちが並んで、記念撮影のように映っている。
「ママこれって」
そこには和子お祖母ちゃんが映っていた。しかも千穂が練習している、白い線の模様があるウクレレも映っている。それは和子お祖母ちゃんの手にあった。
「母さんこんなところに、写真を挟んでいたのね」
十年も前の写真だとママが言った。
「実はね」
ママから聞いたのは、昔お祖母ちゃんがウクレレを弾いていたという話だった。
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