第3話 公民館へ
「あ、失敗。駐車場、裏だった」
そう言ってママの運転する車は、公民館のガラスのドアが見える正面をゆっくり通過する。
千穂が古い建物とつぶやくと、ママはレトロな建物じゃないと言い直した。
亜理紗と気まずいまま一週間が過ぎてしまった。
ウクレレのことを話題にしなければ、亜理紗と話すことはできたし、お互いごめんと謝ることも出来た。
けれど、まだもやもやしてる。
ウクレレを不吉だと、亜理紗の言った通り、遠ざけたり手放す気持ちにはなれなかったからだ。
ちゃんと弾けるようになりたい。
悪いウクレレじゃないってわかってほしい。
だから、千穂は思い切って母に『ウクレレを弾きたい』と相談をした。
まずこのウクレレがどこから来て、千穂が持っているのかという問題があったが、そこは『友達の知り合いから、もう弾かないウクレレを貰った』と嘘をつくしかなかった。
追及されるのではないかと、おそるおそるだったが意外にもママは受け入れた。
何と言う人と質問されたけれど、そこまで聞かなかったと言えば、以外にあっさりと、わかったら教えてとだけ言われた。
正直気がぬけた。
もっと色々聞かれるだろうと思っていたから。
とにかく上手に弾けるようになったら、亜理紗もこのウクレレをそんな悪いものじゃないと思ってくれるかもしれない。
頑張らなくてはと千穂も気合が入っていた。
母が知り合いの人に聞いて、矢坂町の公民館でウクレレの集まりがあると教えてもらった。そこから電話で確認してみると、小学生でも教えてもらえると言われたという。
どんな場所でどんな人かわからななくて不安だったけれど、臆病になっている場合ではない。前に進みたい。
「行ってみたい」
ウクレレを弾いてみたいという気持ちは強かった。
「千穂、ここで降りて待ってて。お母さん、車裏に止めてくるから」
「あ、うん」
公民館の正面入り口まで二段の階段があった。ママの車が一度引き返す。階段の上の踊り場でママを見送る間に、音が聞こえた。
音楽だ。
四月の少し肌寒いぐらいの風が、枝をさわさわと揺らす。その風に音が乗る。
ポロンポロンと、ゆったりとけれど楽しくリズミカルに聞こえる。
どこか聞き覚えのある曲だった。
建物の横から、小さな広場が続いていた。
校庭よりはずっと小さいが、ボールを蹴ったり、バトミントンぐらいは自由にできそうな大きさだ。
その広場の端に人がいた。
木の下に置かれたベンチ。座って、時おり彼がうつむくのは楽譜を見ているようだった。
子供だ。千穂と同じぐらいの男子小学生に見えた。
その手に、持っているのは恐らくウクレレで。彼もウクレレの練習で来ているのかもしれない。
「千穂、どこにいるの?」
ママに名前を呼ばれ、千穂はあわてて振り返る。入り口まで急いで戻った。
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