第1話 生首の館

冷たい床を踏みしめる度、耳に届くのは水滴がポタポタと落ちる音だけだった。館の内部は薄暗く、足元さえもはっきりとは見えない。だが、確かに視界の中に生首が転がっている。大小さまざまな生首が、まるでこちらを見つめるように並んでいるのだ。


僕は無意識のうちに息を殺していた。心臓が胸の中で激しく鼓動するのが感じられる。背中に冷や汗が流れ、視線はひたすら生首に釘付けになった。あまりにも異常な光景に、現実感が全く湧いてこない。


「一体、ここは…」


呟いた言葉は虚しく、館の静寂の中に吸い込まれていく。怯えながらも、僕は出口を探すため、震える足を前へと進めた。だが、どこへ行っても景色は同じだった。廊下にも部屋にも、無数の生首が並べられ、まるで僕を監視しているかのようだった。


生首の顔は、どれも無表情だった。それがさらに不気味さを増し、僕の恐怖心を煽る。生首が何かを伝えようとしているようにさえ感じられるが、その意図はまるでわからない。


次の部屋に入った時、僕はある違和感に気づいた。この部屋だけは他の部屋と異なり、生首が一つも置かれていなかったのだ。壁には古びた肖像画が何枚も掛かっているが、人物の顔は塗りつぶされている。


「なんだ、これは…?」


疑念が浮かぶ中、僕は部屋の中央に目を向けた。そこには一冊の古ぼけた日記が置かれていた。無意識のうちに、その日記に手を伸ばし、ページを開いた。文字はかすれていて読みにくかったが、なんとか内容を解読できた。


日記には、この館で行われていたある儀式についての記録が綴られていた。何らかの生贄を捧げることで、不死の力を得ようとした者たちがいたこと、その結果、失敗し、恐ろしい呪いを引き起こしたことが書かれている。呪いによって、彼らの首が切り離され、この館の中に永遠に封じ込められたというのだ。


「それじゃあ、この生首は…」


頭の中で何かが弾けた。目の前に広がる光景が全て繋がった瞬間、背後で何かが動く気配を感じた。振り向くと、生首が――一つの生首が僕の方に転がり始めていた。


恐怖で凍りつきそうな体を無理やり動かし、僕は部屋から逃げ出した。廊下を駆け抜ける間も、次々と生首が動き出し、まるで僕を追いかけてくるかのように迫ってくる。出口を探し、必死で走り続けたが、出口はどこにも見当たらなかった。


廊下の終わりに、大きな扉が現れた。藁にもすがる思いでその扉を開けると、そこにはまたしても同じように生首が並べられた部屋が広がっていた。僕は足を止めることができず、そのまま部屋の中へと突っ込んだ。


すると、扉が音もなく閉まり、部屋の中が真っ暗になった。


「逃げられない…」


絶望が僕を支配し始めた瞬間、部屋の中で囁くような声が聞こえてきた。それは、低く、かすれた声で、まるで何かを訴えかけるようだった。だが、何を言っているのかはわからない。暗闇の中で声だけが響き、僕の心を蝕んでいく。


その時、何かが僕の足元を撫でた感触があった。恐る恐る下を見やると、生首が一つ、僕の足元に転がってきた。そして、その生首が口を開き、僕に語りかけてきた。


「助けて…」


その言葉に、僕は全身が震えた。この生首は、ただの物体ではなく、何かの意志を持っているのだ。だが、それが何なのかを知る術はない。恐怖と混乱の中で、僕はその場に座り込んだ。


そして、思った。


「この館は、一体何なのか?そして、ここから出られるのか?」


不気味な館での一夜は、まだ始まったばかりだった。


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