第2話 光るなら

春山拓也の生活は、創作活動だけでなく、日常の些細な出来事でも満ちていた。学校では授業や部活動、友人との会話が繰り広げられ、彼の心を少しずつ温めてくれる存在があった。それは、同じクラスの山下美咲だった。


美咲は、明るくて社交的な性格で、クラスの人気者だった。彼女は誰とでも親しく接し、笑顔を絶やさない。その無邪気な振る舞いに、拓也はいつしか心惹かれていたが、自分とは住む世界が違うと感じていた。彼女が放つ眩しい光の中に、自分が溶け込むことなどできないと思っていた。


しかし、ある日の放課後、拓也は意外な出来事に遭遇することとなる。学校の図書室で、新しく手に入れた「文字の羅列を飾る園」を読んでいた拓也に、誰かが声をかけた。


「拓也君、その本、何読んでるの?」


顔を上げると、そこには美咲が立っていた。彼女の瞳が好奇心に輝いているのが見て取れた。拓也は驚いて、一瞬言葉を失ったが、すぐに答えた。


「あ、これは……ちょっとしたエッセイ集なんだけど、最近ハマってるんだ。」


「エッセイかあ、拓也君らしいね。もしかして、小説家を目指してるとか?」


その言葉に、拓也はまたしても驚いた。美咲が自分の夢を知っているとは思ってもいなかったからだ。


「どうしてそれを?」


「うーん、前に授業で発表した文章が、すごく良かったからかな。文章を書くのが好きなんだろうなって、なんとなく思ったの。」


美咲の言葉に、拓也の心は少し温かくなった。自分の書いたものが、誰かの心に届いたのかもしれないと思うと、少しだけ自信が持てた。


「そうなんだ。ありがとう。でも、まだまだ未熟で、上手く書けないことが多いんだ。」


「でも、続けることが大事だと思うよ。私もピアノをやってるけど、最初は全然弾けなかったし。でも、諦めずに続けてたら、少しずつできるようになったんだ。」


美咲の言葉には力強さがあり、その姿勢に拓也は深く感銘を受けた。彼女もまた、自分の道を歩んでいるのだと思うと、拓也の胸に何かが灯ったような気がした。


「美咲さんは、ピアノが好きなんだね。すごいな。」


「うん、大好き。音楽は私の心を支えてくれる存在だから。だから、拓也君も書くことを続けてほしいな。絶対、素敵な物語が書けるはずだよ。」


その日の帰り道、拓也は美咲と一緒に歩いていた。彼女との会話は楽しく、時折訪れる沈黙も心地よかった。彼女が自分の隣にいることが、まるで夢のように感じられた。


美咲の家の近くに差し掛かったとき、彼女が突然立ち止まり、拓也に向き直った。


「ねえ、拓也君。もしよかったら、今度私のピアノを聴いてくれない?」


その提案に、拓也は驚きを隠せなかったが、すぐにうなずいた。「もちろん。美咲さんの演奏、聴いてみたい。」


「やった!じゃあ、週末にうちに来てよ。お母さんも楽しみにしてるから。」


その笑顔に、拓也の胸が高鳴った。自分のことを応援してくれる人がいるということ、その人が美咲であることに、彼は少しずつ勇気をもらっていた。


週末が来るまでの間、拓也は「文字の羅列を飾る園」を何度も読み返した。彼の中で、新しい物語のアイデアが膨らみ始めていた。美咲との出会いが、彼の心に光を灯したのだ。


そして迎えた週末、拓也は美咲の家を訪れた。彼女の部屋には、グランドピアノが置かれており、その前に美咲が座っていた。拓也は少し緊張しながらも、美咲の演奏が始まるのを待った。


美咲は、柔らかなメロディを奏で始めた。その音色は、美しく、そしてどこか切なさを感じさせるものだった。彼女の指先から紡ぎ出される音が、部屋中に広がり、拓也の心に深く響いた。


美咲が最後の音を弾き終えると、部屋にはしばらく静寂が訪れた。拓也は感動に言葉を失い、ただ美咲を見つめていた。


「どうだった?」と美咲が微笑みながら尋ねると、拓也は素直に答えた。


「すごく、綺麗だった……言葉にできないくらい。」


「ありがとう、拓也君。あなたに聴いてもらえて嬉しい。」


その時、拓也は美咲が彼にとって特別な存在であることを改めて感じた。彼女の言葉や音楽が、彼の心に光をもたらしてくれる。そして、その光は彼の創作にも影響を与えてくれるだろう。


拓也はその日、家に帰ってすぐにペンを手に取った。美咲との出会いや、彼女が奏でた音楽からインスピレーションを受けた新しい物語が、彼の中で生まれ始めていた。


「光るなら」というタイトルを付けたその物語は、今までの彼の作品とは違っていた。それは、美咲という存在が彼の心に与えた光を表現したものであり、彼自身の成長の物語でもあった。


拓也は、これからも書き続けることを誓った。どんなに辛いことがあっても、彼の心に美咲が灯した光がある限り、彼はその光を追い続けるだろう。







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