君が紡ぐ物語
常磐海斗・大空一守
第1話 物足りなさ
春山拓也は、どこにでもいる普通の高校生だった。しかし、彼には一つだけ、他の誰とも違う夢があった。それは、小説家になることだった。ノートやパソコンのメモ帳には、無数のアイデアや未完成の物語が散らばっていた。しかし、彼が手掛けた作品はどれも完成に至らず、途中で投げ出されていた。
創作に対する熱意は確かにあった。それでも、自分の言葉がどこか物足りないように感じてしまう。どれだけ考え抜いても、描きたい世界やキャラクターを完全に表現できないもどかしさが、彼の筆を止めてしまうのだった。
そんなある日、拓也は学校帰りに立ち寄った古びた書店で、目を引く一冊の本と出会った。書店自体もあまり知られていない隠れた場所にあり、拓也も普段は足を踏み入れることはなかったが、その日は不思議な引力に引き寄せられるかのようにドアを開けた。古い木の扉がギシギシと音を立て、ひんやりとした空気が彼を迎え入れた。
書店の中は薄暗く、天井まで届く本棚がぎっしりと並んでいた。埃をかぶった背表紙が整然と並ぶその光景に、拓也は時間を忘れて見入ってしまった。彼は無意識のうちに店内を歩き回り、棚を一冊一冊眺めながら、その中に自分の求める何かがあるのではないかと感じ始めた。
ふと、視界の片隅に、他の本とは異なる一冊が目に入った。その本は、古びた革のカバーに包まれ、タイトルが金の箔押しで浮かび上がっていた。そのタイトルは「文字の羅列を飾る園」とあった。
「文字の羅列を飾る園……?」
拓也はそのタイトルに心を奪われた。何かしらの文学作品なのか、それとも創作に関する指南書なのか、全く見当がつかなかった。だが、なぜかその本が、自分に語りかけてくるような気がしてならなかった。手に取ると、革の感触が心地よく、ページをめくる音が静かに響いた。中身を覗いてみると、それはエッセイ集のようだった。
本を開くと、最初のページにはこう書かれていた。
「この本は、言葉に魅了され、言葉に苦しむ者たちのための物語である。」
その一文が、拓也の心を掴んだ。彼はその場で立ち読みを始めた。エッセイは、様々な作家たちが自身の創作に対する悩みや葛藤を綴ったものだった。それぞれの物語が、彼の心に深く響いた。自分と同じように悩み、苦しみながらも、言葉を追い続けた作家たちの姿が描かれていた。
拓也は本を閉じ、少し迷った末にレジに向かうことにした。レジのカウンターには、白髪の老人が座っていた。彼は拓也が差し出した本を見て、少しだけ微笑んだ。
「珍しい本を手に取ったね。その本は、君のような若い作家には特別な意味を持つかもしれない。」
「どういう意味ですか?」拓也は尋ねた。
老人は静かに答えた。「その本は、ただのエッセイ集ではない。読む者によって内容が変わる、いわば『心の鏡』のようなものだ。君が抱える悩みや夢に応じて、違った物語を見せてくれるかもしれないよ。」
その言葉に、拓也は一瞬戸惑ったが、何か引き寄せられるような感覚に突き動かされ、本を購入することにした。
自宅に戻ると、拓也は早速その本を開いて読み始めた。エッセイの一つ一つが、彼の心の奥底に共鳴するように感じられた。作家たちが直面する孤独や不安、そして時折訪れる喜びや達成感が、生々しく描かれていた。
夜が更けるにつれ、拓也はその本にのめり込んでいった。時間が経つのも忘れ、ページをめくる手が止まらなかった。あるページに差し掛かったとき、文章が突然ぼやけ始めた。目をこすっても焦点が合わず、活字がまるで乱舞するかのように踊り出した。
「なんだこれ……?」
戸惑いながらも、彼は目を凝らして読み続けた。しかし、次第にページが真っ白になり、活字が全て消え去ってしまった。驚いた拓也は本を閉じてみたが、表紙のタイトルだけが残っているのを確認した。
もう一度本を開いてみると、今度は違う文章が現れていた。それは、まるで拓也自身に語りかけてくるかのような文章だった。
「君は、まだ自分の物語を見つけられていない。しかし、それは悪いことではない。すべての物語は、最初はただの文字の羅列に過ぎない。それを飾るのは君自身だ。」
その言葉に、拓也は思わず息を呑んだ。まるで、本が彼の心の中を見透かしているかのようだった。彼は自分の手が震えているのに気付き、本を閉じた。だが、その瞬間、自分の中で何かが変わり始めたのを感じた。
自分の中にある物語は、まだ形になっていないだけで、確かに存在している。それを引き出すのは、他の誰でもない、自分自身だと。そして、これから自分が書く物語は、この「文字の羅列を飾る園」を通じて生まれ変わるのだという予感がした。
翌日、拓也はいつものように学校に行き、授業を受けた。しかし、心のどこかに「文字の羅列を飾る園」の言葉が引っかかって離れなかった。放課後、彼は再び書店に足を運んだ。書店の老人に、本の変わった現象について尋ねたくなったのだ。
しかし、再び訪れた書店は、まるでそこに存在しなかったかのように跡形もなく消えていた。驚いた拓也は、何度も周囲を確認したが、書店の痕跡はどこにも見当たらなかった。
「夢だったのか……?」
そう思いながらも、拓也は自分のバッグの中にまだその本があることを確認した。それは確かに存在していた。現実感が薄れる中で、彼はもう一度その本を開いてみた。
今度は、新しいページが現れた。そこには、自分がこれから書くべき物語のヒントが、ぼんやりとした形で描かれていた。
「文字の羅列を飾る園」の一部は、自分自身の心を反映し、自分だけの物語を創り出す手助けをしてくれるものだったのだと、拓也は悟った。彼はその夜、机に向かい、ペンを手に取った。ページの上に書き出される言葉たちは、確かにまだ不完全だったが、今までとは違う確信があった。
これから始まる物語は、自分だけのものだ。どんなに難しい道であっても、必ず形にしてみせる。拓也はそう決意し、再び創作の世界に飛び込んでいった。彼の心に刻まれた「文字の羅列を飾る園」の言葉が、彼の創作への道標となるだろう。
そして、それは彼が小説家としての第一歩を踏み出すための、最初の一ページでもあった。
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