10.私の可愛いお嫁さん(※六花視点)

 私にとって優太ゆうたは他の住民達同様、仲間であり、守るべき存在だった。


 危ういほどに素直で、一生懸命で……いじらしい子。


 彼が笑って暮らせるように。自身を否定することのないように配慮していたつもりだった、のだけれど――。


『大丈夫だよ。今度は私が君の力になる』


『……っ』


 そう告げた時、彼のその眼差しに熱が乗っていることに気が付いた。色白の頬は赤く、黒い瞳は潤んでとろけて。


 純愛か、依存か。


 利害と同情、打算と思いやりから始まった関係であるせいか、どうにも判断がつかない。もしかしたら、純愛でもあり依存でもあるのかもしれない。


 ん~~~……難解だな……。


 色恋事は苦手だ。


 望める立場にないと言い訳をしてろくに学んでこなかったから。今更になってツケが回って来てしまった。


 やれ困った――などと言って肩を竦める一方で、私の心は大きく弾んでもいて。


「励ませてもらうよ。優太が後悔することのないように」


 悩んだ末に、私は手ずから優太の気持ちを掴みにいった。


 諭して別の可能性に目を向けさせる道も考えたが、それはあまりにも無責任で無情な選択。私の目的に反するものであると考えたからだ。


 彼は新種の生命体。人間でもなければ妖怪でもなく、半妖ですらない。


 前例がないが故に分からないことだらけだ。例えばその体質は? 将来的に人間に寄っていくのか、妖怪に寄っていくのか、あるいは今のままなのか。


 この点だけ取ってみても、伴侶として選ぶのにはあまりにも心もとない。


 この里の妖怪達は人間に対して好意的な感情を抱いているけれど、それでも選び取る者はいないのではないかと思う。


 だから、踏み出すことにした。優太を幸せにする。これもまた私の目的、私の責任であるから。


 ――などと御託ごたくを並べ立ててはいるが、実のところ私自身もかなり浮かれている。


「ねえ、優太。飴……もう1つ食べない?」


 などと稚拙な誘いをかける程度には。


 育んでいけると予感しているからだ。


 転んでも立ち上がることを選んだ君となら、「本気」の一言で私の疑念を一蹴させてしまうような君となら、見上げるほどに高い……大樹のような愛を育むことが出来るのではないかと。


「はっ……んっ、ぁ……」


 口実に使った飴はすっかり溶けてなくなってしまった。それでも変わらず甘いと感じる。これは優太の味。控えめな甘さが癖になる。


「りか、さん……っ」


 愛おし気に私の名前を呼んで、目尻から澄んだ涙を零す。月並みだけど綺麗だと思った。


「優太……」


 同時に衝動が湧き上がってくる。


 ――汚したい。


 無垢で純粋な君を。


 私の欲で染め上げてしまいたい……と。こんなの初めてだ。


「抱きたい」


「っ!」


 優太の耳元で囁いた。彼の背が大きく跳ねる。はやり過ぎたかな。内心で苦笑していると――ぎゅっと抱き返してきた。私の心臓が大きな音を立てる。まるで太鼓のようだ。


「愛と春は似ているね。ほがらかでありながら不安定で、猛烈で……」


「……詩人ですね」


「ふふっ、恋はあやかしを詩人にするようだね」


 反射的にはぐらかしていた。それもかなりつたなく。


 私にも雄としての意地のようなものがあるようだ。どちらかと言えば淡泊な方だと思っていただけに、どうにも気恥ずかしい。


「んっ、ぁ……はぁ……っ、り、か……っ、さ……」


 誤魔化すように口付ける。情けないな。


「ここ……じゃ……」


 腕の中の優太が気まずそうに目を伏せる。周囲に目を向けられる分、優太の方が数段上手うわてだな。


「山小屋に行こうか。あそこでなら存分に……声を抑える必要もないよ」


「っ! そういうこと……っ」


 優太の顔が真っ赤に染まる。してやったり。


 開き直って優太を揶揄からかい出した。今の私では優太には敵わない。だから、甘えることにしたんだろう。我ながら子供じみている。でも、例えようもなく楽しくもあって。


「ああっ! もう……っ、これじゃ歩けないじゃないですか……」


 優太が気まずそうに股を寄せる。見れば象牙色の裾がこんもりと盛り上がっていた。若いな。頬が緩む。ああ、私は本当に子供じみている。


「大丈夫。あの日のように私に身を任せて」


「…………っ」


 優太は顔を伏せたまま小さく頷いた。抱き上げると着物の襟の辺りをぎゅっと握ってくる。


『おおおおっ!! おろさないで!!!!』


 初めて会った時、そう言って取り乱していた彼のことを思い出す。あれからまだ2日も経っていないというのに。これでは節操なしと後ろ指を指されても文句は言えないな。


 いや、妖である私の2日と人間である優太の2日では重みが違うか。


 優太は他の人間同様はかない存在だ。一息つく間に老いて手の届かない存在になってしまう。分かり切っていたはずの事実が重く圧し掛かる。


 。ただ、優太がそれを望むかどうか。この現状もと条件付きで受け入れている可能性もある。


 だからこそ、慎重に。決して強要してしまうことのないようにしないと。


「行こうか」


「……はい」


 大きく跳躍して山頂を目指す。途中で縁側でくつろぐ猫しょう(三毛猫)・梅と目が合った。訳知り顔で笑っている。


 敵わないな。でも、後できちんと話さないと。苦手なんだけどな。そういうのも。


「優太、私は良い旦那さんになれるかな……」


「えっ?」


「ん?」


「俺が……嫁?」


 沈黙が流れる。あれ? もしかして。


「ごめん。その気はなかったのかな?」


「あっ! いや……えと……っ」


 どうやら先走ってしまったようだ。優太は満更でもなさそうだけど、大いに戸惑ってもいて。


 私の不慣れ・不勉強が露呈してしまったな。居た堪れない。


椿つばきちゃんとか皐月さつきちゃんみたいな恰好もしないと……ですか? 可愛い柄の着物を着て、前掛け付けて……」


 そこ? 思わず笑ってしまった。けれど、優太にとっては深刻な問題であるようだ。未だ表情は晴れないまま。悪戯心がくすぐられる。


「似合いそうだね。ぜひお願いしたいな」


「~~っ、勘弁してくれませんか? それ以外はその……頑張るんで」


「へえ~? どんなふうに?」


「どっ……~~っ」


 優太の顔が一層赤くなる。それこそ火が出てしまいそうなぐらいに。


「優太ってさ、意外と助平すけべだよね」


「っ!!! 鎌を掛けたのはリカさんじゃないですか!」


「そんなつもりはなかったんだけどな~……」


「~~っ、もういいですよ……っ」


 いじけてしまった。私の胸の中で。しっかりしているようでいて、まだまだ子供だな。可愛い。愛おしい。


「良い旦那さんになれるよう頑張るね」


「俺も……頑張ります」


「ありがとう。私の可愛いお嫁さん」


 優太の目尻に口付けた。すると途端に黒い瞳がじんわりと蕩けて、愛を湛え出す。


「うっ、うっす……」


「ふふふっ」


 愛と春は似ている。麗らかでありながら不安定で、猛烈で。君と出会わなければ知る由もなかった。


 今はただこの出会いに感謝を。先のことはしっかりと考えるとしよう。



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