05.首輪
恐る恐る目を開けるとそこには――月明かりに照らされた『ニホン昔話』みたいな風景が広がっていた。
家は木製で10軒ぐらい建ってる。屋根の上には石がいくつも置かれ、出入口には地面まで伸びる長い
更に視野を広げると右手には水田、左手には小高い山。
それぞれの終着点と見られる箇所は薄ぼんやりとしている。たぶんあれは境界線。この世界はあそこまでなんだろうと思う。
里の直径は500~800mぐらいか。山と水田に挟まれてるせいか、住居スペースは少々手狭な印象だ。馴染めなかったらそれはもう……控えめに言って地獄だな。
「にっ、人間だぁ!?」
「にゃんで!? にゃにゃにゃにゃんでっ!?」
周囲がざわめき出した。姿は見えないけど、あちこちから視線を感じる。
メチャメチャ警戒されてる……!!!
いや、そりゃそうだよな。リカさん同伴とはいえ俺、人間だし。逆の立場だったら絶対同じようなリアクションをしてる。俺の場合、まず家からは出ないだろう。
「驚かせて悪かったね。無理に出てこなくていいから少しだけ耳を傾けてほしい」
リカさんの手が俺の肩に乗った。たったそれだけのことなのに心が軽くなる。単純であることこの上ない。
「この子の名前は
「半妖ではないのですか?」
「ああ。普通の人間だ」
すんすんと鼻を鳴らす音が聞こえる。1つじゃない。2つ、3つ……。数えるのも
「彼には妖力供給という形で里の維持に尽力してもらう。
おっ? ……おぉ!!
俺は内心ほっとした。里中のみんなから胸をチュパチュパされるのは、流石にちょっとしんどいなと思い始めていたから。
「確かに凄い妖力だ」
「危険ではありませんか……?」
「安心しておくれ。既に安全策は取ってあるから」
「えっ……?」
覚えがない。そんなやり取りしたかな?
「術をかけたんだ。優太は私の命令には逆らえない」
「……はっ!?」
なっ、何だそのドエロい術は!? 重たくなった唾を辛々呑み込む。
「手始めに……そうだな。宙返りをして見せてくれるかな?」
「っ!? むっ、無理ですよ! 俺、トランポリンの上でも出来な――っ!!!?」
不意に体が浮いた。自分でもビックリするぐらい高く。そうして視界が一回転。鉄棒の前回りみたいな感じで回って着地した。
「えっ……? えっ???」
宙返り……出来ちゃったのか? マジで???
「すっ、すっげぇ!! 体操選手みたい――」
「側転、側転、からの後方宙返り♪」
「ぐぁっ!?」
地面に手をついて横にくるくる回る。地面が近付いては離れていって。
「ぎゃああぁあああ!!?」
後ろに勢いよく一回転。軽やかに着地した。
「うっ、嘘……俺じゃないみたいだ」
地面に両手足をつく。気が抜けたんだろう。鼻先から汗が落ちる。心臓が煩い。体が熱い。
「にょほほほっ!!」
「ぶふふっ!」
何かウケてる……? 姿は見えないけど笑い声が聞こえてくる。少しは場を和ませられたのかな? ははっ、体を張った
「御覧の通り優太は私の命令には逆らえない。ただ……」
リカさんは言いながら両手を空に向けた。光が集約して――1本の小太刀になる。
「えっ? 何ですかそれ?」
「優太、これで私の胸を刺して」
「は……?」
思考がショートする。何を言っているのかまるで分からなかった。
「さあ」
リカさんが小太刀を取るよう促してくる。何故か笑ってる。でも、命令は取り下げてくれなくて。
「いっ、嫌です!」
俺は座ったまま後退した。リカさんが何を考えているのかまるで分からない。だけど、何にせよダメだ。
「術を解いてください!!! 俺っ、このままじゃリカさんのこと……!! ~~っ、そんなの嫌だ!!」
しんっと静まり返る。恐る恐る目を開けると頭の上に重さを感じた。手だ。見上げればリカさんの姿がある。
「ごめんね」
思い止まってくれたのか? 息を呑むのと同時に俺の頭からリカさんの手が離れていった。
「優太は私の意のままに動く。……が、たとえ私自身からの命令であったとしても私に危害を加えることは出来ない。無論、君達に対してもだ」
里の空気が途端に和らいだ。ついでに俺自身も。
勿論、
「だから……そう、こんな命令をしても問題ないんだ」
リカさんが悪戯っぽく笑う。何だろう? 物凄く嫌な予感がする。
「優太、私を好きになさい」
「……はい?」
好きにしていい? 俺が? アンタを……???
リカさんがふわりと笑う。
何と言うか凄く無垢な笑顔だ。
まるで疑ってない。術で安全策を取っているからか? それとも
「……っ」
胸が苦しい。唇を引き結んだ直後、体が動き出した。里中に緊張が走る。俺は黙々と歩いてリカさんの後ろへ。何をするのかと思えば――。
「う゛え゛っ!?」
「へえ……?」
あろうことかリカさんの尻尾をもふもふし出した。いや、確かに気になってはいたけれども……!!!
「すみません! 俺っ、俺……っ」
手が止まらない。銀色のふっくらとした尻尾を無遠慮にわしゃわしゃもふもふしてしまう。ダメだ。ダメなのに気持ちいい……!!! さらさらでふわふわで温かくて。
「ぐふっ、もひゅ……もひゅ~~~……ふごっ!?」
ぎゃああぁあああああああ!!!??
顔を――埋めてしまった。リカさんの銀色のふっくらとした尻尾に。
「おやおや……」
リカさんが小さく咳払いをした。やっぱこれメチャメチャ失礼なこと……なんだよな? 里の空気が凍てついていくのが分かる。
「ひひゃさん、ひゃんへんしへふはさい!!!(リカさん、勘弁してください!!!)」
尻尾に顔を埋めたまま懇願する。ああ、もう最低だ。少なくとも他の獣系の妖さん達とは当面の間は仲良くなれないだろう。
絶対に距離を置かれる。顔を合わせる度に威嚇されて、最悪攻撃される。
「うぉ……?」
手が動くぞ! 自分の思った通りに。
俺は全速力でリカさんから離れた。勢いよく下がったせいで小さく土煙が立つ。
何か顔が
控えめに払いながら深く頭を下げた。後でもう一度きちんと謝ろう。
「とまぁ、この通り主導権を優太に委ねても危害を加えてくることはないわけだ。どうだい? 安心だろ?」
里は静まり返ったままだ。居た堪れない。俺はせめてもと正座をして一層深く頭を下げた。
「あの、……
「それは出来ない」
「はっ!? なっ、何で!?」
「結構好きな子が多いんだよ。その……もふもふ? されるの」
「パラダイスじゃないですか」
無表情のまま食い気味で返した。俺はこう見えて動物好きなんだ。でも、母さんにいくら言ってもOKしてくれなくて。だから、飼えなくて。ずっとずっと
「ぱら?」
「あっ! いえっ!! 何でもありません」
「そう?」
「はい! ……はい……」
リカさんはどうなんですか? 何て聞く勇気は俺にはなかった。肯定されたらされたでそりゃもう変な方向にスイッチが入ってしまいそうで。
「知らぬが仏だよな。……ん?」
「みゃっ!? みゃみゃ……っ」
黒猫だ。着物+前掛け姿の二足歩行の猫が木の陰から顔を覗かせている。
「おやおや?
「椿……ちゃん? っ!? まっ、まさか俺にもふられに――」
「
「へっ……?」
「ん……?」
黒猫がふんすと鼻息を荒げる。好奇心に染まった緑色の瞳がキラキラに輝いて。
「ひっ!?」
身の危険を察知してか、俺の背筋はぶるりと大きく震えた。
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