06.根性と尻尾と
「
待ちきれないとばかりに催促してくる。申し訳ないけど命令権を渡すのはNGだ。十中八九、俺の身が持たない。
けど、俺としてはこれを機に椿ちゃんと仲良くなりたい。何か良い手はないかな?
「あっ……」
ねこじゃらしだ。太くてふわふわ。風に乗ってそよそよと揺れている。
「リカさん。あれ貰ってもいいですか?」
「ん? ああ、ぜひ。悪いね」
俺の意図を察してくれたみたいだ。リカさんはほっとしたように笑って許してくれる。
俺は直ぐにねこじゃらしを手に取った。そうして椿ちゃんの元へ。
「にゃにゃっ!?」
ねこじゃらしの動きに合わせて椿ちゃんの目が右に左に揺れる。手応えアリだ。
「椿、命令してごらん」
リカさんが促すのと同時に、椿ちゃんの鼻の穴が大きく膨らんだ。
まるで疑ってない。自分に命令権が移ったと思い込んでるんだ。後はその
「椿と遊べーー!!!」
よっしゃ!
俺は気合を入れてねこじゃらしを揺らす。
「みゃっ!」
「あ゛っ!?」
ちっ、千切れた。モノの一分も経たない内に。
「側転、側転、宙返り!」
「え゛っ!?」
まっ、まずい!? 替えのねこじゃらしを用意する前に命令されてしまった。
反射的にリカさんの方に顔を向けかけたけど――ぐっと顔を戻す。
「むにゃ? 側転! 側転!! 宙返り!!!」
宙返りはやっぱ自力じゃ難しいか? いや……でも、やるだけやってみよう。変わるって――そう決めたんだから。
「よーーしっ!!」
俺は空色のブレザーを脱ぎ捨てて、赤いネクタイを外した。
「優太……?」
戸惑うリカさんの声を背に、上体を傾ける。
「ぐっ……!」
地面に両手をついて体を支える。右手を離して左足で着地。両手を広げたまま元の姿勢へ。
さっきと違って体がメチャメチャ重い。動きもガタガタだし。これじゃ椿ちゃんも。
「にゃにゃにゃっ!」
見れば椿ちゃんの瞳は一層キラッキラに輝いていた。
俺の口角がぐっと上がる。ああ、俺って本当に単純だな。
「うおぉぉおおお!!」
ヤケクソでもう一回。そして。
「ぐっ! いっけええぇえ!!」
力任せに走る。イチ、ニッ、サンッとステップを踏んでジャンプ。宙に浮いたところで体を丸めた。
「う゛っ!? ~~っ、くお~~っ……」
地面に足が触れる。凄まじい衝撃が走った。こん棒か何かで叩かれたみたいだ。
流石に膝を伸ばした状態で着地することは出来なかったけど、ちゃんと一回転で来た……よな? う●こ座りではあるけど着地も出来たぞ……!!!
「やったぁ~~!! 椿にも出来たぁ~~~!!!」
良かった。満足してくれたみたいだ。全身から汗が吹き出す。口からは馬鹿みたいに笑いが漏れて。
「ありがとう」
「えっ……?」
肩に手が乗る。リカさんだ。苦笑混じりだけど――でも、凄く嬉しそうで。
「へへっ……」
何だか妙に照れ臭くて鼻を勢いよく擦った。透かさずリカさんが手ぬぐいを差し出してくれる。俺は一礼して手ぬぐいで汗を拭った。
「次は宙返り、宙返り、後ろ宙返りにゃっ!!」
「え゛っ!?」
1回でもこのザマなのに……。ていうか、俺のHPはもう……。
「椿、もういいでしょう」
仲裁してくれたのはリカさんではなかった。振り返るとそこには二足歩行の三毛猫の姿がある。
椿ちゃんと同じ着物+前掛け姿。ただ椿ちゃんよりもずっと年上な印象で、全体的にふっくらとしている。糸目で瞳の色は見て取れない。
「お初にお目にかかります。わたくし掃除、洗濯、家事全般を統括しております『梅』と申します。以後お見知りおきを」
「ごっ、ご丁寧にどうも!
「お食事とお風呂の準備が整っております。どうぞこちらへ」
「おっ、恐れ入ります!」
梅さんについていく――前にブレザーとネクタイを探す。リカさんが拾って持っていてくれていた。リカさんからその2つを受け取って梅さんの後を追う。
「ニンゲン! また遊ぶにゃ~!」
「うっ、うん!」
目尻がじんわりと熱くなる。ヤバイ。超嬉しい……!!!
「お気遣いをいただきありがとうございます」
「いっ、いえ! そんな……」
梅さんの背は椿ちゃんと同程度。俺の膝ぐらいだ。
けど、その割に歩くペースは速い。人間の女の人と同じぐらいか。こんなに小さいのに。
いや、それも凄いけどもっと気になるのは。
「さっ、3本……」
そう。梅さんの尻尾は3本あった。振り返って見てみると椿ちゃんの尻尾は2本。梅さんの方が1本多い。
「まぁ? 優太殿はほんに
「なっ!?」
「リカさん、さっきは本当にすみませんでした……」
「いいんだよ。あれはそう……自業自得だ」
リカさんの顔がほんのり赤くなってる。あれってやっぱ
『責任取りましょうか?』
なんてサラリとかませたらなぁ~俺もなぁ~。
しょーもない妄想に
他の家よりも一回り以上大きい。同じ木製ではあるけれど屋根には瓦が。おまけに床も高い。
神社の本殿とかそんな感じの見た目の建物だ。
何でもここがリカさんのお家であるらしい。元はゲストハウスのつもりで建てたらしいけど案の定ほとんど使われなくて。それで、住民達の中から勿体ない! との声が噴出。最終的にリカさんが住むことになったのだとか。
間取りとしては玄関を入って正面にお座敷。廊下を進んで右手に寝室。左手に小さな庭。廊下の更に奥に進むと台所で、その更に奥にはお風呂――といった具合になっていた。
俺はリカさんと一緒にお座敷で夕飯を食べて、別々にお風呂に入って、それで――
理由は単純明快。リカさんが俺のお目付け役であるからだ。
「あっ、布団……」
「ん? 布団がどうかした?」
「いっ! いえ! 何でも……」
布団は2つ敷かれていた。薄い敷布団の上に着物の形をした掛布団が乗っている。
別々……。そうだよな。当たり前だよな。ほっとする反面、少し残念な気もする。
「疲れただろ? 色々と無理をさせてごめんね」
「滅相もない! むしろ色々至らなくてすみません……」
俺は布団に入った。今の俺は浴衣姿だ。白ベースで、
言わずもがなこれはリカさんの私物だ。完全にオーバーサイズだろうと思ったけど、梅さんが上手に着付けてくれた。流石はお局。
「君は本当によくやってくれた。それこそ感謝してもしきれないぐらいに」
「どっ、ども……」
自分でも分かる。顔がドロッドロに
「ねえ、優太」
「あっ! はい、何でしょう?」
「私はね? その……本当は……」
何だろう? 妙にためるな。何だかこっちまでドキドキしてきた。
「うん……」
リカさんも布団に入る。入るなり背を向けてきた。言うの止めたのかな? ……と思いきや布団を少しずらして。
「っ!?」
「本当はね、4本なんだ」
リカさんのふっくらとした尻尾が4本に。長~く伸びて俺の手元までやってくる。
「生活する上では邪魔になるから、それで普段は1本にしてるんだ」
リカさんには悪いけど全然話が入ってこない。尻尾は最高だ。でも、それ以上に引っかかる。
まさか嫉妬してくれたのか? 椿ちゃんや梅さんの尻尾に目移りしたから?
「…………」
振り向くような恰好でこっちを見てくる。その瞳は何処か不安げで、それでいて寂し気でもあって。
「素敵です」
リカさんのが一番です! とは言えなかった。完全にチキった。俺の臆病者め。
「そうかな? ふふっ、ありがとう」
照れ臭そうに笑う。ヤバイ。可愛い。カッコイイのに可愛い。
「ははっ、ヤダな。何かその……ごめんね」
「いっ、いえ! その……」
もふって良いのか!? これはもふって良いってことなのか!? 手に力がこもった――直後。
「あれ……?」
不意に
「おやすみ、優太。良い夢を」
リカさんの言葉を最後に俺の意識はぷつりと切れた。
リカさんの尻尾が4本に。あれはやっぱり夢……だったのかな?
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