04.流れ星(※六花視点)

「ひっ!? ひぃ!!?」


「悪いが弁償は出来ない。私もなのでね」


 粉々になった鎖が地面に向かって落ちていく。


 ここは月の光も差し込まないような深い森の中。


 対峙している退治屋の数は全部で10人。彼らは完全に戦意を喪失している。私を見る目は恐怖に染まっていて……胸の奥が鈍く痛む。


テン


 唱えた直後、彼らの姿が消える。ここから歩いて1日ほどのところに。村も近いし死ぬことはないだろう。


「……っ」


 倦怠感が押し寄せてくる。寝転びたい。でも、まだダメだ。頑張れ私。自身に喝を入れて振り返る。


「危ないところだったね。もう大丈夫だ」


 視線の先には一羽の白うさぎの姿が在る。無論、ただの兎ではない。『三つ目兎』だ。


 とはいえ、三つ目であることを除けば普通の兎と変わりない。とても可愛らしいあやかしだ。


「治療をさせてもらうよ。楽にして」


「格別なるお慈悲、痛み入ります」


「畏まらなくていい。私はそんな身分にない」


「滅相もない! 貴方様は――」


したんだ」


「えっ?」


「もう大分前の話だよ」


「えええぇええええええ!?? あが……がっ……」


 兎はあんぐりと口を開けて固まってしまった。可愛い。緩んだ頬をそのままに身を屈める。


しょうに合わなくてね。とんだ親不孝者だよ」


「なっ、なるほど」


「納得?」


「あっ、はい。……あ゛!? いやいやいや! 今のはその――」


「はははっ、すまない。戯れだよ。気にしないでくれ」


「おっ、恐れ入ります……」


 兎の体に手を伸ばす。後ろ足に吹き矢が刺さっていた。神経を傷付けぬよう慎重に矢を抜く。


 痺れ薬が塗られていたようだ。大方、生け捕りにして皮を剥ぐつもりだったのだろう。


 三つ目兎の毛皮は高値で取引される。美しく保温性に優れているからだ。そのせいで人間に限らず、妖からも狙われがちで。


 余程のことでもない限り単独行動はしない。複数で行動をするはずなのだが。


「他の仲間は?」


「……わたくし一人でございます。父上が病床にせってしまい薬草を採りに」


「勇敢だね」


「いえ。今にして思えば無謀でございました。貴方様がお助けくださらなかったら、今頃どうなっていたことか……」


 それだけ必死だったのだろう。頬が緩んで――気が沈む。羨ましさが過ぎてのことだ。だからこそ力になりたいと切に願う。


「良ければ私が診ようか?」


「えっ?」


「ふふっ、こう見えて治癒術には少々自信があるんだ」


.。o○○o。..。o○○o。..。o○○o。..。


六花りっか様! 本当に、本当にありがとうございました!」


 里の兎達が見送ってくれる。全部で53羽。まさに圧巻だ。


 三つ目兎は真面目で義理堅い。この認識に誤りはないのだと改めて実感する。


「御恩は一生忘れませぬ!!」


 全快した兎と彼の父親の姿を認めた。顔色もすっかり良くなって嬉しそうに跳ねている。


 ああ、本当に良かった。ほっと胸を撫でおろして宙に飛ぶ。


「ぐっ……ははっ、締まらないな」


 体が重い。溜息混じりに腰掛けた。ここは太い枝の上。兎の里からは大分離れた。もう気を張る必要はない。深く息をついて脱力する。


 肩が沈んで――気付けば仰向けに寝転がっていた。星は見えない。重たい雲が空を覆っている。


「父上……か」


 遥か遠くに感じる。物理的にも心理的にも。


 これから先も決して交わることはないだろう。


 分かり合えないのだと悟った。


 だから今、私はここにいる。


「よし。休憩終わり」


 気合を入れて駆け出した。私を取り巻くもやを振り払うようにして。


.。o○○o。..。o○○o。..。o○○o。..。


 四半時ほどで目的地に辿り着いた。


 とは言っても、具体的に何か目印があるわけではない。変わらず森の中。何の変哲もない木の上から周囲を見渡す。


「ここからなら届くかな?」


 目を閉じて念を送る。届け。届け。届け。


「っ! 来た!」


 黒い影が私の横を通り過ぎた。私の長い髪がふわりと巻き上がる。


「ふふっ、君は相も変わらず甘えん坊だね」


「カァ! カカッ!」


 からすに似た妖が顔を擦り付けてくる。名を紅丸べにまる。その由来は彼の持つ紅い瞳だ。陽気で懐っこくて。


「カァ!?」


 くちばしに口付けてやると凄く喜ぶ。


「カカァ~っ♡♡♡」


「ふふっ、元気そうで何よりだ」


 紅丸は照れ臭そうに羽を揺すった。愛おしいな。許されるならこのまま連れ帰ってしまいたい。でも。


 私は首を左右に振り、彼の足に文をくくりつけた。


「これをお婆様に。くれぐれも父上には見つからぬよう用心してくれ」


「カァ!? カァ!! ~~っ、カゥ……」


 紅丸が鳴き出した。酷く切なげに。私は唇を噛み締めて彼に顔を擦り付ける。


「私も叶うことなら君と共に在りたい。でもね、私の里はとても小さいんだ。君からすれば退屈でさぞ息苦しいことだろう」


「クゥ……」


「心は共にある。離れていても君のことを想っているよ」


 私は改めて感謝の言葉を送り、もう一度紅丸の嘴に口付けた。


「半年後にまたここに来るよ。その時に返事があるようなら一緒に持ってきておくれ」


「カカァ!! カァ!!!」


「ふふっ、ではまたね。お婆様にもよろしく伝えて」


 紅丸は威勢のいい声を上げるなり、翼を羽ばたかせて去って行った。


 直ぐに姿が見えなくなる。闇に紛れたんだ。彼はそういった術を得意としている。


 故に彼の仕事は専ら配達。秘密の文通などお手の物というわけだ。


「はてさて、どうなることやら」


 手紙にはこう書いた。


 同胞(=妖狐)の中に、生きづらさを感じている者はおりませんか? もし心当たりがあるようならご紹介いただきたい。里の維持にご協力いただきたいのです……と。


「望み薄……だろうね」


 妖狐は所謂『上位妖怪』選民意識が非常に高く、他種族の尊厳を認めていない。言ってしまえば道具に近い見方をしている。利をもたらさぬ者は存在する価値すらないと公言してしまう程だ。


「……かおるが協力してくれたらな」


 そう。私には年の離れた弟がいる。最後に会った時、彼はまだ少年ではあったが凄まじいまでの才を秘めていた。


「兄上、兄上と私の後を付いて回って……可愛かったな」


 ただ、薫が慕ってくれていたのは。戦いに身を投じていた頃の私だ。世捨て人となってしまった私のことなど……。


「あ゛~、止めだ止めだ! さっさと帰ろう。こんな日は長湯するに限る」


 今日はもう十二分に頑張った。後のことは明日の私に託すとしよう。


「っ!」


 体を反転させたところで視界がぐらついた。木の幹にもたれかかって息を整える。


「転はあと一回が限度かな……?」


 これは引きずりそうだ。弱ったな。明日は皐月さつきと花を摘みに行く約束をしているのに。


「お昼寝じゃダメかな? ははっ……なんて、……ね?」


 全身に衝撃が走った。


「なっ、何だ!? この凄まじい妖力は……っ、いったいどこから?」


 周囲を見回す。上だ! 何かが飛んでいる。いや……落ちてきている? あれは何だ? 人型の妖か?


 森の中に入っていった。その周囲からは人の気配がする。囲まれてしまったようだ。助けに……いや、こんな状態で助けられるのか?


「でも、もし助けられたら……里に来てくれたとしたら……」


 事態は一気に好転する。里を維持出来るかもしれない。


「まったく……打算塗れだな」


 自分で自分をわらいつつ私は着地点に向かった。


.。o○○o。..。o○○o。..。o○○o。..。


 そうして私は優太と出会ったんだ。


 黒髪黒目。丸くて大きな瞳、襟足まで伸びたやわらかな髪が特徴的なだった。


 危ういほどに素直で一生懸命で……とてもいじらしい。三つ目兎を彷彿ほうふつとさせるような子だ。話せば話すほどに胸の奥が擽ったくなる。


『妖力は胸からしか出ませんけど、それでもいいんですよね?』


 彼もまた『あぶれ者』だった。いや、と言うべきか。


 そんな彼だからこそ響いたのだろう。私のこの手を取ってくれた。


 希望を見出してくれたのだろうと思う。里でならあるいはと。 


 だから、私は励まなければならない。彼自身がその力を誇れるように。


 故に私は――彼に触れていこうと思う。間違っても邪な感情を抱くことのないように。彼のに溺れてしまうことのないように。


「ようこそ。歓迎するよ」


 光が収束して――視界いっぱいに広がっていく。私のちっぽけで温かな里が。



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