02.契約成立

 どれぐらいの時間が経っただろう。


 気付けば妖狐は座ってた。胡坐あぐらをかいて、その輪の中にすっぽりと俺が収まっているような感じだ。


 本当にいつの間にやらって感じで。まさか……俺、寝てたのか?


「落ち着いたみたいだね」


「あっ、はい。その……お陰様で」


 気恥ずかしくなってきた。顔が熱い。とにかく離れよう。足場になってる枝の太さは少なく見積もっても5メートルはある。はいはいで移動すれば危険度は大分下がるはずだ。


「君、やっぱり人間だね」


「えっ……?」


「妖力があるだけで、だ」


 俺の開きかけた口が閉じていく。あごが震える。バカみたいにぷるぷると。


「本当ですか……?」


「うん。肉体がね、その……物凄く繊細だから。生きて100年ってところでしょう?」


 やっぱり妖怪って長生きなんだな。この妖狐も100年、いや1000年ぐらい生きてたりするのかな? 見た目は20代後半って感じだけど。


「嬉しそうだね」


 言われてはっとした。頬が緩んでる。妖狐は悪戯いたずらが成功した子供みたいに無邪気に笑った。不意打ちだ。ますます顔が熱くなる。


あやかしは嫌い?」


「っ!? いっ、いえ、ただその……ビックリして。妖怪だとか何だとか言われたんで」


「急に……ねぇ。やっぱり君は異界から?」


「っ!? なっ、何で!?」


「ふふっ、やっぱりね」


「もしかして……多いんですか? 俺みたいなの」


「どうだろう? 少なくとも私は初めてだよ。長生きしてみるものだね」


 異世界転生は相当に珍しい部類。下手したら初めてのケースってことか。先人なり仲間を宛てにするのは止めておいた方が良いのかもしれない。


「実を言うとね、私もちょっとした世界を創造しているんだ」


「っ! もしかしてあなたも神様だったり……?」


「いやいや、私はただの妖だよ」


 違いが分からない。俺は曖昧あいまいに笑って誤魔化す。


「その……良かったら来ないか? 私の里に」


 ………ん?


 理解出来なかった。俺、誘われたのか? この人の里に?


「すまない。気ばかりが急いてしまって。何処から話すべきかな……」


 正直なところありがたい。まさに渡りに船。けど、それだけに慎重にならないと。


 うまい話には裏がある。それはきっとこの世界においても変わりないだろうから。


「あ゛~! ダメだ。単刀直入に言おう。君に協力をしてほしいんだ」


「きょっ、協力?」


「妖力を分けてほしいんだ。君のその妖力をほんの少しだけ」


 膨大? そんなに? 何で??? 能力スキルの影響か?


「先程少し触れた通り、私も世界を創造している。ちっぽけだけど、それでもそれなりに大変でね。ハッキリ言ってしんどい。だけど……それでも私は守りたいと思ってるんだ。里の者には他に行く当てがないから」


「どうして?」


「あぶれ者なんだ。どうにも馴染めなくてね」


 御手洗みたらいの姿が頭を過る。ダメだ。止めろ。首を左右に振る。


「だから、維持しなければならない。守り続けていかなければならないんだ。でも……」


 妖狐は目を伏せた。顎に力がこもる。


 叶わないんだろう。もしかしたらもう終わりが見えているのかもしれない。


 御手洗


 妖達と重ねてしまったからかな。心が揺れる。ここで目を逸らしたら俺はまた――俺はずっとこのままなんじゃないか?


「あっ、あの……っ」


 バカか。何乗せられてんだ。冷静になれ。


 この妖狐はたぶん見えてるんだ。所謂『鑑定スキル』持ち。だから、俺が人間だって言い切れた。妖力を求めてきた。きっと御手洗のことだって。それで情に訴えてきたんだ。


 里は欠片も存在していなくて。了承した瞬間に吸いつくされたり、あるいは一生涯家畜同然の扱いを受けることになったり……。きっとそんなオチだ。――けど。


「もう……それでもいいや」


 妖狐は俺のことを『妖力を持っているだけの普通の人間』だと言ってくれた。


 しかしながら人間は……少なくともさっき遭遇した侍や忍者はそうは思っていないようだった。


 人間からすれば妖力を持っている=妖怪。妖力を持ってる人間なんているはずがない。たぶんそれが人間側の常識。


 隠れて暮らすにしても、退治屋の影に怯え続けることになるだろう。そんなんだったら。


「分かりました」


 ほんの一瞬でも夢を見させてもらおう。


 逃げずに守ろうとした。


 この決断だけでも前世まえの俺から見れば大進歩だ。


「妖力は胸からしか出ませんけど、それでもいいんですよね?」


 言わずもがなだろう。妖狐はもう把握してる。恥とメリットを天秤にかけた上で求めて来ているんだろうから。


「ん……?」 


「えっ……?」


 妖狐の目が点になる。まさか知らないのか? 全部見通せるわけじゃない……とか?


「……なるほど。神の仕業か。何とも腹立たしい限りだね」


 妖狐の眉間にしわが寄る。本心かどうかは分からないけど、お陰でほんの少しだけ心が軽くなったような気がした。


「君は立派な守り手だ。そう思ってもらえるよう私なりに励ませてもらうよ。……本当にありがとう」


 妖狐が頭を下げてきた。途端に頬が緩み出す。呆れてしまうぐらい単純だ。本当にバカだな。


「では、向かおうか……と言いたいところなのだけれど」


 妖狐の大きな耳がぺちゃんこに。物欲しげに見つめてくる。


「なっ、何ですか……?」


「妖力がちょっと足りそうになくて……。早速で悪いんだが、ご協力願えるかな?」


 たぶん俺を助けたせいだ。


 思えば侍達の気配はないし、空から落ちてくる時もこんなデカい木は見えなかった。


 あの一瞬で相当遠くまで来たんだろう。それで消耗してしまったんだ。


「はっ、はい! ちょっと待ってくださいね」


 ブレザーを脱いで木の上に。ネクタイを外してYシャツのボタンを外していく。


「どっ、どうぞ」


 白いインナーをたくし上げた。インナーでそれとなく顔を隠す。せめてこれぐらいは許して欲しい。


「失礼」


「んっ……」


 妖狐の手が胸に触れる。体が小さく跳ねた。間違っても変な声が出ないよう口に拳を押し当てる。


「とても強力だけど……すごく繊細だね。ふわりと溶けていく」


 ~~っ、そういうのいいから!!


 出かけた言葉をぐっと呑み込む。


「手でいただくのは……ダメか。これも……ダメみたいだな」


 試行錯誤してくれてるみたいだ。俺の方からは見えない。ただ、吐息は感じる。乳首を撫でて抜けていく。ヤバイ。背中がムズムズする。


 これから舐められるんだよな? 唇で食まれて。吸われて。


 耐えられるのか? この体たらくで。吐息だけで感じてんのに。


 太股を寄せる。勃起したらどうしよう。抜いてくれんのかな?


「……………」


 インナーを下げて妖狐の顔を見る。どうしよう。アリだ。全然アリ。まであるぞ。


 細くて眩い銀色の髪。切れ長の目に金色の瞳。白くて長いふさふさな睫毛。すっと通った鼻筋。薄くて形のいい唇。まさにケチの付けようのない顔だ。


 ケモミミも尻尾もどこか荘厳そうごんで、ギャグにも萌えにも寄らない。それだけに背徳感もヤバイけど。


「……っ」


 やっぱ勃起はなし。我慢だ。自分で自分に言い聞かせてインナーをぐっと持ち上げる。


「すまない。やはり口に含むしかないようだ」


「っ!?」


 顔を覗き込んできた。心臓が飛び出るかと思った。辛々頷いて応える。何度も何度も。


「ありがとう。ちょっと体勢がキツいから横たえさせてもらうね」


「はっ、はい!」


 妖狐は紺色の上着を脱ぐなり俺の頭の下に敷いてくれた。簡易枕だ。いい匂いがする。これは……花の匂い? 変な話、全然獣臭くない。


「ごめんね。直ぐに済ませるから」


 申し訳なさそうに。でも、ほんのり頬を赤らめて妖狐は言った。


 照れてるのかな? そりゃそうだよな。男の乳首を吸って妖力を摂取するなんて、恥以外の何ものでもないよな。


「触れるね」


「はい」


 俺はインナーで顔を隠した。鼻で大きく息を吸って控えめにつく。


「っ、ぁ……」


 妖狐の舌が左側の乳首に触れた。温かい。湿ってる。背中がムズムズする。さっきの比じゃない。ヤバイ。ヤバイ……! ヤバイ!!!


「う゛ぐぁ……あっ! ンンっ……」


 早く終わらせよう。そう思ったんだろう。溶けかけのアイスを食べるみたいにペロペロと忙しなく舐め始めた。


 乳首ってこんなに気持ちいいのか? まさか能力の影響……? ~~っ、マジで誰得だよ!!!


「っ!?」


 神様を呪った刹那せつな、胸の先が包み込まれた。薄くてやわらかい唇に。


 吸われる。


 背中に力をこめる――よりも前に吸い付かれた。脱力感と甘いしびれが全身を駆け巡る。



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