転生して妖狐の『嫁』になった話

那菜カナナ

01.異世界転生

 俺は最低だ。


 御手洗みたらいが――友達がイジメられているのを知ってて見て見ぬフリをした。


 愛用している消しゴムを何の躊躇ちゅうちょもなく割って貸してくれた。そんないいヤツだったのに。


 巻き込まれたくない。御手洗を庇ったら次は俺だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。必死に言い訳をして逃げた。頼むからお前も逃げてくれと胸の内で叫びながら。


 そうしたらアイツは学校に来なくなった。聞いた話しによると転校したらしい。


 本当に良かった。


 新しい学校ではイジメられませんように。


 助けられなかった分、必死に願った。


 そうして1年後の今日――御手洗は女の子と歩いてた。幸せそうに、照れ臭そうに笑って。あの子はたぶん彼女……なんだろうと思う。


 お前はすごいな。あんなふうに笑えるようになって、その上大切な人まで出来てさ。


 俺とは大違いだ。俺はに笑う。心の底から笑ったのなんていつぶりだろう。


「もうイヤだ。俺も変わりたい。……変わらなきゃな」


 決意したのと同時に妄想が広がり出す。心が弾んだ。自分でも笑ってしまうぐらいに。


 ああ、すごく眩しい。おかしいな。夜の10時を過ぎているのに。


「えっ……?」


 俺は轢かれた。見上げるほど大きなトラックに。その後の記憶はない。たぶん即死だったんだろう。


『地球からの迷い子か。おぉ……17とは何と不憫な』


 白い光が喋ってる。神様なのかな?


仲里なかざと 優太ゆうた君ね。良い名じゃな』


「ありがとうございます」


『ほれ。引きなされ』


 神様(?)が何かを差し出してきた。俺には何も見えない。促されるまま手を伸ばしてみる。


 平たい感触がした。手を這わせてみると穴があった。中に手を突っ込んで探ってみる。これは紙か?


『安心せい。お前さんが次に向かうのは元いた国に似た……ニホンといったか? それにかなり近い世界じゃ』


 明言はしてこないけど、これって確実にだよな。まぁ、やり直すにはいい機会なのかもしれない。父さんや母さんには悪いけど。


 よし。これにしよう。箱から紙(?)を取り出した。案の定、俺には何も見えない。


『どれどれ』


 手から紙が抜けていくような感覚がした。何が書いてあるんだろう? やっぱり能力スキルとかかな?


『おぉ! 供給か! ほっほっほ! 大当たりじゃ! 良かったの~』


「それってつまり、魔力的な力を誰かに分けることが出来るってことですか?」


『左様。ただし』


「たっ、ただし……?」


『妖力は胸から出る!』


「……………はい?」


 耳を疑う。女の子ならともかく俺、男だぞ?


誰得だれとくだよ……」


 頭が痛くなってきた。これ詰みじゃないか? いやもう間違いなく。


『そう難しく考えることはない。ようはのじゃ。さすれば安泰間違いなしじゃ』


 ガンっと鈍器で頭を殴られたような気がした。頭が勝手に下がっていく。


「それじゃ前世まえと変わらないじゃないですか」 


 変わりたい。変わろう。そう決意した矢先にコレだ。ここまで来るとわらえてくる。


『まぁ、精々励むことじゃ。お前さんはもう戻れぬのじゃからな』


「戻れない……っ!? わっ!!?」


 急に足場がなくなった。落ちていく。物凄い勢いで。体は勝手に大の字に。内臓が押し上げられていくみたいだ。気持ち悪い。吐きそう。


「ぐっ……もっ、森……?」


 真っ暗で何も見えない。遠くの……山の上か? あの辺りだけは明るい。あれは城か? 瓦屋根の上に金色のしゃちほこが乗ってる。典型的な和風建築。神様が言った通りの世界みたいだ。


「で、でも、だから何だってンだよ!! これ間もなく死ぬ、だろ……!!! ~~っ、どうしろってんだよおぉおおお!!!!!」


 貰った能力スキルは妖力供給だ。この状況を打開出来るとは到底思えない。身体能力が上がってたりするのかな。それに賭けるしかないか。


 地面が近付いてくる。目は開けていられなかった。閉じた瞬間、ぴたりと止まる。


「ん……っ!?」


 目を開けると宙に浮いていた。目算2メートルぐらいか。


「これって俺の力……なのか? おわっ!?」


 がくっと体が傾いてそのまま地面に激突。あごをぶつけた。痛い。物凄く痛い。


「何ヤツ!?」


 ガチャガチャと金属がぶつかり合うような音がする。涙で歪んだ視界の中、目を凝らして音の出所を探った。


「さっ、侍!?」


 松明たいまつを手にした丁髷ちょんまげ頭の男達が駆け寄ってくる。5人……いや、10人か。


 遅れて一際立派な甲冑姿のオッサンがやって来た。位の高い人なんだろう。隊長とかそんなんかな?


「異国人か?」


「見慣れぬ着物だ」


「っ!?」


 言われて手元に目を向ける。制服だ。空色のブレザーに赤いネクタイ、そして紺色のズボン。


 丁髷に囲まれた今となっては絶望的なレベルで浮きまくっている。悪目立ちしまくりの服装だ。


「~~っ、せめて着物ぐらい着せてくれよな……っ」


「しかしながら、同じ言葉を喋っているようだ」


「奇怪な奴よ」


「貴様、何者だ。名を申せ」


「なっ、仲里 優太です」


「武家の者か?」


「あっ、いや……そういうわけじゃ――」


「殿!! お下がりください!!!」


 不意に誰かが叫んだ。それと同時に身動きが取れなくなる。


「っ!? あぐっ……!! 何だよ、これ……っ」


 鎖だ。細い鎖が体に巻き付いている。


「どっ、どうして――」


「あれはあやかしです!」


「はっ!?」


「誠か!?」


「妖力を帯びております。人の子ではありません」


「なっ……」


 ここにきてようやく気付く。俺はとんでもない思い違いをしていたようだ。


 妖力=魔力なんかじゃない。妖力とは読んで字の如く妖怪の力。人間が扱えるはずのない力……なんだろう。


「俺はもう人間ですらないってことか」


 乾いた笑いが零れた。これはもう……いよいよ詰みだ。


 この調子じゃ人として生きていくのは難しいだろう。


 かと言って、妖怪が俺を受け入れてくれるとも思えない。俺の方も馴染める気がしないし。


「っ!」


 忍者が迫ってくる。鋭い眼光。否が応でも悟ってしまった。この人は本気だ。本気で俺のことを殺す気なんだって。


「いっ、嫌だ!!!!」


 気付けばそう叫んでた。どう考えても詰みなのに、俺はまだ諦めきれていないらしい。いや、単に死ぬのが怖いだけか。


「成敗」


「~~っ」


 もう終わりだ。俺は堪らず目を閉じる。


「くぁっ!??」


 不意に体が吹き飛んだ。突き飛ばされたのか? いや、違う。飛んでる……?


「よっ、妖狐ようこだ!!!」


 妖狐……? それって狐の妖怪だよな?


 何だか明るい。これは月明かりか?


「……っ」


 意を決して目を開けてみる。


「っ!」


 金色の瞳と目が合った。すごく綺麗だ。星空に銀色の髪が散らばって。更に見上げると頭から大きな耳が生えているのが見えた。狐。まさしく妖狐だ。


テン


 直後、体が揺れる。何かに着地したみたいだ。


「おわっ!!?」


 木の上だ。気絶しそうなぐらい高い。ビルで言えば20階ぐらいはありそう。


 ここ枝の上だよな? 幅だけでも5メートルはありそうだ。


「危ないところだったね。……おや? 君は……人間なのかい?」


「っ!!?」


 知らなかったのか? 俺が人だってこと。途端に嫌な汗が吹き出す。


「なぜ妖力を? 君は半妖なのか?」


 答えようによっては殺される。そんな気がした。俺は、俺はどうしたら……。


「すまない。無神経だったね。ひとまずこれを解こうか」


 鎖が切れて落ちていく。音は――聞こえなかった。落ちたら死ぬ。確実に死ぬ。


「よいしょっと――」


「おおおおっ!! おろさないで!!!!」


 着物を掴んだ。ちょうど襟の辺り。白くて銀色がかった高そうな着物だ。シワになる。まずい! 離さなきゃ! そう思うのに手が動かない。


「すっ、すみませ――」


「いいよ。じゃあこのままで」


 妖狐が笑う。ニカっと音が立ちそうなぐらいとても無邪気に。飾り気もなく、裏表も感じさせない。


 笑いたいから笑う。そんな人が浮かべる笑顔だ。御手洗と同じ。俺とは違う。


「安心して。もう大丈夫だから」


 妖狐が囁く。俺の耳元で。優しく。穏やかに。


 ほろりと涙が零れ落ちた。妖狐のじゃない。俺の目からだ。


「遠慮はいらないよ。思う存分泣くといい」


 信じちゃダメだ。コイツは妖怪なんだぞ。信じたら最期、食い殺されてしまうかもしれない……のに。


「くっ……う゛……ぁ……っ」


 気付けば俺は妖狐の胸に顔を埋めていた。鼓動を感じる。妖狐のものだ。心臓もあるんだな。思えば体温も。


 妖狐は何も言わない。何も聞かない。ただ黙って胸を貸してくれる。


「う゛……ひぐ……うぅ………~~っ……」


 夜が更けていく。俺のバカでみっともない泣き声と共に。



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