タクシー

桐崎りん

海まで乗せて

「海まで乗せていってもらえますか?」


手を挙げてる女性がいたのでタクシーを停めるとそんなことを言われる。


「えぇけど。ネエチャン、こっから海は相当遠いで。お金もごっついかかるよ」


「大丈夫です」


女性は頭に深く、ツバの大きい帽子を被ってるので顔がよく見えない。


俺はポチポチっと操作して、後ろのドアを開ける。


7月中旬の生ぬるい空気が冷房で冷えた車内にサァーと吹き込んでくる。


「えっと、ネエチャン確認やけど、こっから1番近い海でええんやな?」


「はい」


ルームミラーが女性を捉えるように調節する。


黒いワンピースにやけに白いほっそい腕や。


車内やというのに帽子は取る素振りもない。


まぁええけど。


「ほな、出発します」


アクセルを踏み込む。


「えーとネエチャン、あんまり深く詮索……もしたくないねんけど、一応な」


女性がこちらに注意を払っているのが分かる。


ルームミラー越しに女性を見ながら「あんた死にに行くんちゃうやろな?」と言う。


女性はパッと顔を上げて、その時に綺麗な顔が一瞬だけ見えた。


大きな目に、口紅を塗りたくっているのか真っ赤かの唇。


「まさか……違います」


「ならええけどな。あんたみたいな子乗せて海やら山やら行ったら自殺したゆうて、警察から事情聴取されたことが何回かあんねん」


信号が赤に変わったのでブレーキを緩やかに沈める。


「そういう自殺に関わりたくなくてな。疑って悪かった」


「はい」







「答えたくなかったら答えんでもええけどさ、海行って何するん?」


高速になり、景色も変わることなく続いているので、俺は少し暇になって話かけてみる。


「散骨します」


「じゃあ、電車でもええがな」


「今!あと1時間半以内じゃないとダメなんです」


「そんなに声を荒げんでもええがな。ちょっと気になっただけやから。タクシーやと結構お金かかるから、なんでやろうなって思ったんや」


女性はシートに身体を沈めた。


女性はスマホを見るでもなく、ただ後ろの座席に座っている。


「あれ?ネエチャン今気づいたんやけど、カバンないん?」


女性の横には白いゴミ袋が。しかもパンパンの。


「あ、はい」


「大丈夫なん?」


「あ……お金はちゃんとお払いしますから」


「そう?」


女性は頷く。


「ならええけど」


カーナビがピコピコと現在位置を示す。


あと、小一時間はかかるだろう。


「そや。ネエチャン、俺が面白い話したろうか?」


「なんですか、面白い話って」


「タクシーを運転してるとな色んな人に出会うんや。そんで、人生でこんな経験しやんやろ!ゆう体験してる人も結構多くてな。そういう人の話や」


「じゃ……暇ですし」


「これはな、俺がまだタクシー乗りはじめてすぐの頃の話や……」



・・



俺は新卒で入社した会社が合わんくてな、3年ぐらいは持ちこたえたけど、あかんかった。

やめてすぐに別の会社、すぐ辞めて、また別ってな、1年間ぐらい会社を転々としててん。

でも、人間食べていくために最低限の収入はいる。

だから、タクシーに乗り始めたんや。

俺も若かったからタクシーの先輩にご飯に連れて行ってもらうことが多かった。

とはいえ、儲からん仕事やから、やっすい居酒屋かファミレスだけやったけどな。

先輩はご飯食べながら色んな話を聞かせてくれはったけど、1番話題に上がるのはユウレイさんや。

ユウレイさんの話が多かった。

ある先輩は幽霊に「さん」をつけないと呪われるゆうし、また違う先輩は幽霊じゃなくてユウレイにしなあかんって、ユウレイさんは「霊」じゃないから「霊」って呼んだら呪われるゆうんや。

意外にもタクシーの運転手ゆうのはユウレイさんによく会うんや。

もちろん、俺もよく会う。

俺が最初に会った奇妙な話するわ。

今日、暑いしな。

この話で涼しくなった方がええ。

今と同じくらいの時期やな。

しかも、ほんまにネエチャンにそっくりやった記憶があるわ。

ごめんやけどな。

今回は便宜上、Aサンと呼ぶことにするけど、そのAサンがタクシーを呼んだゆうて、会社から連絡が来たから1番近くにおった俺が向かったんや。

行ったら、真っ白いワンピースに身を包んだネエチャンがおって、俺はすぐに怪しいなって思ってん。

なにがって?自殺や。

先輩から、白いワンピースのネエチャンは気をつけた方がええっちゅう話を数人に何回も聞いとった。

そのネエチャンはその条件にぴったりやったんや。

しかもそのネエチャンが「近くの大きな川まで連れて行って」ってゆうんや。

怪しいやろ?

ネエチャン死ぬんちゃうかぁって思って、でも俺は聞くことが出来やんかった。

その地域は、川がなかったから隣町まで行かんとあかんかった。

20から30分はかかったんやな、たしか。

で、走り始めて10分そこらが経過したときやった。

ネエチャンが急に話し始めたんや。

えっとな、まず手振ってる人はやばいやつやって言ってたわ。

違うわ、何もないところで手を振ってる人や。

そういう人たちはな、ユウレイさんに交信してるんやって。

規則正しく左右に、手のひらを向けて振るっていう行為はな、ユウレイさんと交信する方法やっていいはったんや。

なんか知らんけど、面白がってこの方法を試した人がほんとにユウレイさんと繋がって亡くなったんやって。

怖いよな。

あとはな、あそこの森あるやろ?なんやっけ?

そうそう。

海山うみやまっていうんやな。

名前は知らかったけど、今ちょうど中を走ってるぐらいちゃうかな。

この森にな、おっきい人間サンが住んどるってゆっとったわ。

いわゆる、巨人ゆうやつやろな。

ほんで、見たってゆうねん。

なんや、白いらしいで。

真っ白で腰に植物巻いとったらしいわ。

詳しく話聞くとな、その人と結婚するために今から川に行くゆうて、俺がおおきい人間となんて結婚できひんやろぉって突っ込んだら、だから川に行くねんて。

その川が、その巨人となんや繋がってるらしくてな。

怖いやろ?

俺はめっちゃ怖かってん。

だってな、その川に巨人の目ん玉が流れてるゆうねん。

フツウの人にはなんや、見えへんらしいけど、そのネエチャンは才能があって、見えるらしいんやわ。

ほんで、どういう原理か分からんけど、それを食べたらその巨人と結婚できるゆうてさ。

ふつうそんなんで、できひんやろ。

てか、巨人と結婚したくないで。

そのネエチャンは、とりあえず川に残して俺は逃げるように町に帰ったわ。

怖かったもん。

ほんまに怖かってん。

この巨人の話の後にもう一つなんか話しとったけど、それだけがどうしても思い出されへんくてな。

でも、その話が怖かったってことだけは、よう覚えてんのよ。

なんとなく気になって、その後先輩にも聞いてみたら、自殺したってゆわれててたネエチャンはなんや、俺が乗せた人やってん。

特徴が全部一致してたんやわ。

話した内容も全く一緒やった。

ほんで、みんな最後の話だけ忘れたって言っとたわ。




・・




「よし、着いたわ。この話もここまでや。またご縁ちゅうのがあったら、続き話したるな」


メーターを止める。


「6万2500円やけど、俺の話を聞いてくれたお礼で……6万円でいいわ」


「申し訳ないです」


「ええねん」


「じゃあ……」


「ちょうど頂きました」


「おじさんありがとう。話面白かったです。呪い《まじない》効いてるみたいでよかったわ」


女性はやけに大きなゴミ袋を抱えて海の方へ歩いて行った。


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タクシー 桐崎りん @kirins

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