エピローグ
『海って本当に不思議だよね』
死者に出会えるなんて怪談めいた話をした後、茜音はそんなことを呟いた。俺は「それが現実だったらな」と、少し意地悪く返した。よの中の大半がそうだ。怪談だの神話だの願掛けだの、非科学的なものはたくさん存在する。それらが全て実現したら、この世界は摩訶不思議に満ちていることだろう。そんなことを考えていた。
『案外本当かもしれないじゃん』
茜音は楽しそうだった。お喋りしている間の彼女の笑顔が、この世で一番魅力的だ、と、そう言いたいのは山々だが、揶揄われると面倒なので心の中で留めておいた。その時は。今になって思い返せば、思ったことはちゃんと言っておくべきだと思う。後悔しないように。
『ねえ、礼治』
呼ばれて彼女の方に顔を向けると、茜音は空を仰いでいた。満点の星空だった。その全てが、もし何かの生命だったら、世界はこんなにも眩しいものなのかと目を疑った。いや、きっと茜音のせいだ。彼女がいるだけで、俺の世界は輝く。そう、ずっと思っていた。他の星があったとしても、選ぶことなんてできない。
『もし私が死んだら、絶対に幽霊になって現れるよ』
唐突に辺なことを言った。俺は真に受けてしまい、「死ぬのか!?」と焦った。
『もしもの話だってばー』
茜音が笑いながらそう言い、俺は顔が熱くなった。
『でも、そんなに慌ててくれるんだね』
「当たり前だ」と俺は言った。茜音より大切なものなんて、この世にあるものか。
『じゃあさ、約束してよ』
俺は首をかしげた。どんな約束なのだろうと疑問に思った。茜音は言う。
『もしどちらかが先に死んじゃったら、必ず幽霊になってやって来ること!そして、相手が幸せになるようにすること!』
前半は分かる。けれど、物凄く曖昧すぎて脳が混乱した。理解に苦しんでいたことを悟った茜音は少し体を前に曲げて笑った。
『つまりはさ、死んじゃった方に囚われずに、自分らしく生きていって欲しいなって』
つまりは過去に囚われるな、新しい出会いと幸せを見つけろ。そして死んだ方はその手伝いをしろ。そういうことかと納得する。
俺は茜音のことを忘れることはできないが、もし茜音がこの世に取り残されてしまったならば、俺は彼女の幸せを望むだろう。それがたとえ、他の男と結ばれることだったとしても。
俺は「分かった」と言った。頭のどこかで、そんなこと起きるはずがないと根拠なしに信じていたから。
『良かった。約束ね』
そう言って微笑みを浮かべた茜音は、直後悪戯に水をかけてきた。
*
──夢を見た。
記憶の回想とも言うべきか。
怠い体を起こして、届くところのカーテンを開く。シャッと心地よい音と共に、視界の端で光が反射する。
ガラスの小瓶だ。あの日残された金平糖が入っている。彼女がくれた、というのは身勝手な妄想かもしれないが、これぐらいは許して欲しい。
それに「おはよう」と挨拶をして──、
俺は着替えを始めた。今日から再び大学に行くことになった。教授は驚くだろうか。同じ学科の同期は俺を覚えているだろうか。講義は追いつけるだろうか。様々な不安が溢れる。
それでも、茜音の言葉が胸を動かす。
「お前の呪い、しっかり受け止めてやるよ」
俺のために残した、彼女の呪い。幸せになれと、漠然としすぎた呪いを胸に、俺は今日を生きよう。
星浮海 葉名月 乃夜 @noya7825
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