第8話 決断

電力会社の本社ビルは夜の闇の中にそびえ立ち、その無機質な外観が不気味な静けさを醸し出していた。周囲を取り囲むように設置されたセキュリティフェンスは、鉄の壁のように閉鎖的で、外部からの侵入を拒むかのようだった。しかし、今夜、その鉄壁をすり抜けようとする者が存在する。犯人が狙うのは、この都市の心臓部に当たるインフラそのものだった。


前田奈緒美は、NDSラボのメンバーとともに、ビルのエントランスへと足を踏み入れた。自動ドアが音もなく開き、彼女たちを迎え入れた。エントランスホールには警備員が数人立っており、状況の深刻さを理解しているのか、その顔には緊張の色が見て取れた。


「セキュリティシステムは、既に部分的に犯人によって掌握されています。これ以上の侵入を防ぐために、我々がすべてのアクセスログをチェックしなければなりません。」前田はチームに指示を出し、ビルの内部へと進んだ。


エレベーターに乗り込んだ奈緒美は、ふと目を閉じて深呼吸した。彼女の胸の内には焦りと不安が入り混じっていたが、それを表に出すわけにはいかない。自分が冷静さを保たなければ、このミッションは成功しないと、奈緒美は強く自分に言い聞かせた。


「私たちは、必ずこの都市を守る。」彼女は自分にそう誓い、再び目を開けた。エレベーターの数字が次々と変わり、ついに最上階の数値を示した。


エレベーターが静かに止まり、ドアが開くと、そこには広々とした管理室が広がっていた。壁一面に設置された巨大なモニターには、都市全体の電力供給状況がリアルタイムで映し出されている。だが、その中のいくつかのモニターは、すでに異常を示す赤い警告メッセージで覆われていた。


「すぐにシステムを確認して、犯人の侵入経路を突き止めます。」高橋剛が既に機材をセットアップし始めていた。奈緒美は彼の横に立ち、画面を見つめながら思考を巡らせた。


「これが…犯人が狙っているもの。」奈緒美はつぶやいた。その時、突然管理室の照明が一瞬明滅し、警報が鳴り響いた。犯人がシステムのさらに奥深くに侵入した証拠だった。


「時間がない。」高橋がすぐに言った。「犯人が電力システムの根幹にアクセスしようとしている。もし成功すれば、都市全体が暗闇に沈むだろう。」


「そんなこと、絶対に許さない。」奈緒美は鋭い眼差しでモニターを睨みつけ、すぐさまアクセスログを調べ始めた。犯人が使ったバックドアの痕跡を追い、その行動を逆探知しようとする。


「これは…」奈緒美はログの中に、見覚えのあるコードを発見した。「このコードは以前、別の事件で見たものと似ている…犯人が過去に同様の手口を使った可能性がある。」


「犯人の過去のデータがあれば、それを元にシステムを逆転させることができるかもしれません。」高橋が彼女の推論に同意し、二人は一気に作業を加速させた。


奈緒美は冷静にタイピングを続け、徐々に犯人の侵入経路を絞り込んでいった。画面には複雑なコードが次々と流れていくが、彼女の目は一瞬たりともその動きを逃さなかった。


「ここだ。」奈緒美がついに犯人の通信経路を突き止め、指を画面の一点に止めた。「この経路を逆探知すれば、犯人の居場所を特定できる。」


「よし、そのまま続けてくれ。」高橋がサポートしながら、次々とコマンドを入力し、システムの防御を強化していった。


その時、警報音が再び高く鳴り響き、さらに多くの警告メッセージがモニターに表示された。犯人が反撃に出た証拠だった。奈緒美の指先に緊張が走る。しかし、彼女は決して手を止めなかった。自分たちがこの戦いに勝利するためには、今ここで全力を尽くさなければならない。


「奈緒美さん、時間がない!」高橋が焦りを滲ませて言った。


「分かってる!」奈緒美はそれに短く答え、集中力を一層高めた。そして、ついに犯人が仕掛けた最後の防壁を突破し、その居場所を示す座標が表示された。


「これで犯人の居場所がわかったわ!」奈緒美は声を上げた。「伊吹さん、志摩さん、すぐにこの座標を追跡して、犯人を捕まえてください!」


「了解!」伊吹が無線で指示を飛ばし、警察の部隊が動き出した。


奈緒美は一瞬、ほっとしたように息をついたが、すぐに再びモニターに目を戻した。「まだ油断はできない。犯人が次の一手を打つ前に、完全にシステムを取り戻す必要がある。」


彼女の決意が揺るがないまま、再び作業に取り掛かった。夜の闇が深まる中、時間は刻一刻と過ぎ去っていく。奈緒美の手に託された都市の未来、その重さを感じながら、彼女は次の一手を進めていった。

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