第38話 黒龍
僕たちは第10階層へと続く門を潜った。
破壊され、もう閉じることのない門。
そこを過ぎると視界が一変する。
薄暗闇の空間だ。
僕らはかなり広い石造りの回廊の真ん中に立っている。
と、僕は気付いた
「……あれ? 門が……?」
たった今通ったばかりの門が消えている。
「え? これ……戻れない……?」
「大丈夫」
僕の懸念に応えてくれるラット。
「帰ろうと思ったら門が出てくるから。この前来たときはそうだったよ」
「なるほど。そんな仕組みが……。やっぱり経験者は違うね」
「……まあ、この前来たときは門は壊れてなかったけどね……」
ん……?
ラット、今なんか不穏なこと言った?
「やはり、あの者達の姿は見えない」
ヘルは周囲を見回している。
ロイン達を探しているのだろう。
「この回廊はずっと続く一本道。かなり先に行かれているのは間違いない」
ここからは、見える限り薄暗い回廊がずっと続いているだけ。
脇道も扉もなさそうだ。
「じゃあ……ロイン達に気づかれない距離を開けて追いかけて……」
「黒龍の命を死の女神の元へ返す。あの者達に先を越されたら、あなたは約束を違えたことになるのを忘れないで」
「う……」
なら、僕らはロイン達を追い越して先に黒龍の元へ辿り着かなきゃならないっていうのか。
……この一本道で、どうやって追い越せと?
……マジックミラーを使って気付かれないように進むしか……。
そもそも、先を行っているロイン達に追いつけるのか?
「だから、心配しないで大丈夫」
まるで、僕の気持ちを読み取ったかのように、ラットが言った。
「この回廊、どこまで行っても黒龍には会えないから」
「え? そうなの?」
「この前、第10階層に降りた時、ここをずっと何時間も進んでみたけど同じ光景が続くだけだったもん。延々と同じところを歩かされてるみたいだった」
「……なら、どうやって黒龍に会えばいいんだろう? ていうか、黒龍はここにいないの……?」
「たぶん……黒龍が自分で会おうと思わない限り、会えないんじゃないかと思うよ」
ラットは考えをまとめるようにして呟いた。
「この前あたし達が来たときは、マジックミラーを発動してたから……黒龍もあたし達が第10階層に来てることに気づけなくて姿を現さなかったんじゃないかなって、今なら思う」
「この前って……ミャーンと組んでた時の話?」
「そうそう。途中でミャーンも諦めて、ここまでにしようって言った途端に帰りの門が見つかったんだよね。ミャーン的には黒龍の様子を偵察したり、お宝でもくすねたかったりしたかったんだろうけど……」
「そうなんだ……。じゃあ、今マジックミラーを発動してない僕たちは……」
「きっと黒龍に見つかってると思う。この階層に入った時から。だから黒龍の方から会いに来てくれるよ」
いや、そうはならないんじゃ?
なんでわざわざ黒龍が、自分を倒しに来た侵入者に会いに来るの?
そう思いつつ、僕はそれとは別の、気になることを口にした。
「……大体、それなら黒龍は僕等よりロイン達に会いに来るかもしれないよね? でも、ロイン達と黒龍が出会って戦ったような跡もないけど……」
「それはそうでしょ」
ラットは不思議そうな顔をする。当たり前の事がなぜわからないの? といった顔。
「お客が二組来るとして、血まみれの剣持った一団と無害そうな3人組だったらどっちと会おうと思う? 3人組の方を選ぶでしょ?」
「……無害そう?」
僕はヘルに目をやった。
目が合っちゃった。
「無害だけど?」
ヘルは虚ろな目で言う。
「死すべき定めでない者にとって、死の女神の娘は全くそよ風のように無害」
問題はこの世のほとんどの者がいずれ死すべき定めにあるということくらい。
それに、ラットの例えだと、黒龍が二組の客のどっちにも会わないっていう選択肢の方がありうる気がする。
「……とにかく、先に進んでみるか……」
僕がそう呟いた時だった。
微かな地響きが足元に伝わるのを感じたのは。
ズン……ズン……と、次第に近付いてくる地響き。
それはだんだん大きく、回廊の先に巨大な黒い影として姿を伴って見えてきた。
そのシルエットだけで、わかる。
畏怖すべき黒い巨体。
「……これって……黒龍……!?」
ほんとにきた……!
もともとこのダンジョンは黒龍を封印するために作られたものだという。
なら、黒龍は簡単に外には出られないよう封じられているのかと思っていたけど……。
結構、自由に徘徊しているっぽい。
ていうか、これが本当にこのダンジョンのラスボスの黒龍なら……一回ドラゴンブレスでも吐かれたら即死じゃ?
「ヘ、ヘル! はやくこいつをあの大鎌で……!」
「あなたが盗んだ命の代わりに選ぶのはこの巨竜の命で間違いない?」
「そうだよ! だから、やられる前に……!」
「なら、私にあの巨竜の名を告げて」
すっ、と身を低くしたヘル。
いつの間にか両手で大鎌を構えている。
僕は黒龍の名を叫ぼうと息を吸った。
そこに重苦しい声が響く。
「遂に来たか……」
黒龍が口を開いていた。
「……お前が死の女神の使徒……死の女神の娘だな?」
黒龍はヘルに話しかけていて、ヘルは不快そうに眉をしかめている。
言葉を解して、しかも話しかけてくるってことは……いきなり攻撃されることはない……?
ヘルがこちらを見た。
「どうしたの? 名を告げないの?」
「あ、いや……なんかヘルに話がありそうだから……もしかして知り合い?」
「いいえ」
ヘルはそっけない。
黒龍は深い溜息を吐く。
「我はここに長年囚われ続けてきた。……もう十分だろう。終わりにしてはくれまいか。死の女神ヘルの娘」
その声は疲れ切っているように聞こえた。
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