第36話 禁止
ラットがなにを言っているのかよくわからない……。
そんな生き方ってあるか?
誰にも気づかれなくなって消えていくのが自分の生き方って……。
それを受け入れるの?
誰からも見つからないのが自分の個性。だから大事にしなきゃ、って?
僕はそういうの、なんか、認められない。
だから、なんだか腹立たし気に言ってしまった。
「誰にも気づかれず存在しなくなるって……1人寂しく死んじゃうってことじゃないか! そんなのダメだよ!」
「この者は死なない」
「え?」
ヘルに即訂正されて、僕は勢いを削がれる。
更にヘルは続けて言った。
「納得できたことがある」
そう聞いて、僕は目を見張ってしまう。
ヘルまでラットがこれから消えてしまうのを納得しているの? と。
でも、ヘルが腑に落ちたと言っているのはちょっと別のことだった。
「私にはこの者の命が次第に見えなくなってきているように感じられた。これは、この者が命の流れから逸脱しだしていることから生じたもの」
「……なにか難しいことを言い出した?」
「なにも難しくない。命はいずれ死の女神の元へ帰る。それが命の流れ。けれど、この者の命は死の女神の元へ帰ることなく、誰からも見えない存在になる」
「……んん? ごめん、やっぱりどういうこと?」
「この者のスキルは、何者からも存在を気付かれなくなるというものでしょう? 人や魔物からだけではない。罠や扉みたいな無機物からも、この世の法則みたいなものからも気付かれなくなっていく。その中には当然、死の女神の目も含まれる」
ヘルはラットを一瞥した。今のラットは、ヘルに見えているのだろうか。
「この者は死の女神の目すら欺く者。命が見えなくなっている。罠にも気づかれず、この世の法則にも気づかれず、死にも気づかれない。ずっと死に気づかれることなく、生き続ける」
「……ラットは不死になるってこと?」
「そう。死の女神にも見つけられないのだから。死の女神の使徒に捕まることも無い。死ぬこともできず、命の流れから外れた存在となる」
「へへ……そういうことになる、のかな」
ラットは小さく笑った。
僕は笑えない。
「でも、それって……誰にも気づかれないまま、ずっと生き続けるって……そんなのって……」
「この世界からの逸脱。私達から見ればこの者は消えるが、この者自体は存在する。死なずに。ずっと。この世の全てが滅んだ後も、なにも無くなった場所にずっと居続ける」
「そんなのってあんまりじゃないか……ひどすぎる」
「それが命の流れから逸脱するということ」
ヘルは淡々と述べた。
「死の女神の目を欺いて、死の届かぬ者になるとそうなる。それは永遠に1人だ。この世界から消え、死ぬことも無くずっと1人で気付かれない。この世界にいた痕跡も消えるし、私達の記憶からも消える」
「僕もラットのことを忘れちゃうっていうの?」
「この世から存在しなくなるのだから当然」
ヘルの無情な言葉。
それを聞いて、僕はラットに向き直る。
「そんな、やめなよ! マジックミラー使うの、もうやめなよ!」
「もう遅いんだよ」
ラットは落ち着いた声で応えた。僕とは対照的に。
「マジックミラーを授けられた時から、こうなるのは決まってたの。それが早くなるか遅くなるかくらいの違い」
「決まってたって……マジックミラーを使わずにいれば、いいだけじゃ……」
「えへ……そんなこと言っても……人のこと好きになったり、その……そういう気持ちになったらマジックミラーは発動しちゃうんだから、自分でどうこうできないよ」
「そんなことないでしょ!? 誰も好きにならなければ……。え……っな気持ちにならなければいいんだから……そう、誰にも会わないで生きるとか!」
「……それって結局、生きていないみたい」
「う」
ラットの言葉に、僕は詰まった。
ラットはどこか晴れ晴れとした表情だ。
「でも、あたし、ノアの役に立てるんだからそれでいいの。いずれ迎える結末が早くなっても」
「消えちゃうんだよ!? 僕だってラットのこと忘れちゃうのに、どうしてそんな……」
僕は言葉を途切れさせた。
そして、決意する。
きっ、と力を込めて言う。
「とにかく……! ラットはもうマジックミラーを使うの禁止!」
「ええ!? で、でも、それは……ここまでの全部が無駄になっちゃわない?」
ラットは慌てた声で言い立てた。
「どうせ、あたしはいずれ消えちゃうんだよ? なら、せめて、あたしはノアの役に立てたって思いながら消えたい……!」
「いや、そもそも僕はラットに消えてほしくないんだよ。一秒でも長くこの世界にいてほしい」
「……ここまでマジックミラーを使ってやってきたんだよ? なのに、結局ノアが黒龍討伐を諦めたりしたら、あたし役に立てなかったってことになる。それじゃ、あたし何のためにこのスキルを使ったの? あたしの命懸けの決意も何もかも無駄じゃん! だから、お願い! ノアは黒龍を倒して! そのために、あたしの力を使って!」
ラットの必死の訴えに、僕はたじろいだ。
そりゃ、僕だって黒龍は倒したい。でも、そのためにラットに余計な負担をかけるわけには……。少しでもラットが消えてなくなるのを阻止しなければ……。
「う、ううん……で、でも……じゃあ、こうしよう。本当に必要な時以外、マジックミラーは使わない。これならいい?」
「……うん、いいよ」
ラットはしばらく黙ってから、短く答えた。
それを見て、ヘルがぼそりと呟く。
「中途半端なことをしても何も変わらない」
「え?」
「完全に止めなければ、この者はいずれ消える」
そう言いながら、ヘルは辺りを示した。
「今なら、マジックミラーを使う必要はまったくない。この者を命の流れから逸脱させないよう、誓いを立てさせるといい」
辺りは滅ぼされた悪魔達でいっぱいで、動く者もないままだ。
壊滅した第4層の惨状。
敵……というか僕ら以外は何も生きていない階層。
これならマジックミラーを使わなくても誰にも見つかるはずもない。
いるかもしれない生き残りや待ち伏せを警戒して、そのためだけにマジックミラーを使わせるなんて僕にはもうできない。
「……なるほど。このまま、ここからロイン達の後を辿ろう。第7階層まで続いている抜け穴に向かっているはずだからね。危険はないから、ラット、マジックミラーは使わないように。いいね?」
「わかった。使わないから安心して」
ラットは安請け合いした。
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