第35話 告白

 あれ? ……なんだろう?

 僕は違和感を覚えている。

 今のやり取りでのラットの様子に、だ。

 ヘルに問われて、ラットは視線を外さなかった。

 言葉は返さなかったが、しっかりと見返していた。そして、小さくもしっかりと頷き返す……。

 ヘルのあの冷たい目で睨まれたら、普段、ラットは目を泳がせたり俯いたりしてなかったっけ?

 なのにあれは……そう、まるで覚悟を決めたような態度……。

 不穏なものを感じた。


「な、なになに? なにか……気になることでもあるの? どういうこと?」


 僕はヘルに聞いてみる。

 ヘルはなにか知っているように思えたので。

 けれど、ヘルは肩を竦める。


「私には詳しくわからない。でも、強い能力にはそれ相応の代償がつきものということは知っている。たとえば、マジックミラーのような何者からも存在を隠せるような能力には、それに見合った代償が必要」

「代償……」


 僕はなんとなく嫌な予感を覚えつつ、それを振り払うように能天気な口調で言った。


「ああ、ええっと、例えばスキルを使うのに何日間かクールタイムが必要とか? 一日一回しか使えないとか? そういう?」

「私は、もっと永続的なペナルティが付与されるものではないかと思う」


 ヘルは真顔のまま言った。


「おそらく、この者の命が次第に薄くなっているのと関連がある」


 そういえば……。

 ラットの命の存在感が危険なほど薄くなっているとかなんとかいう話があったっけ。

 そう思いだした僕は、まじまじとラットを見つめた。


「な、なにも問題はないよ」


 ラットは首を横に振った。そして、付け加える。


「あたしが好きでやってることだし……」

「やっぱり何かあるんだね?」


 僕はラットのその言葉に引っかかりを覚えて、問いかけた。


「う、ううん? あたし、そういうの、よ、よくわかんない……え、えへへ」

「わからないふりとかしないで、正直に話してよ。仲間なんだから」

「……仲間」


 ラットは短く呟き返す。

 それから、ぼそりと、


「このスキルを手に入れた時から……覚悟はしてるから」

「覚悟ってなに? どういう覚悟?」

「……こ、こういう話をすると重いっていうか変な空気になっちゃうかもだから言いたくなかったんだけど……へへ、えへ、マジックミラーを使い続けると、あたし、消えちゃうんだよね」

「え、ちょっと待って!? 消える!?」


 実はあたしトマト食べられないんだよね~、みたいな軽い口調で言われて、僕は声を出してしまう。


「ええ? じゃ、じゃあ、マジックミラーってほんとは使っちゃいけないスキルなんじゃ……呪われたスキル……?」

「そ、そんなことない! ドンドン使っていいの!」


 ラットは慌てて首を振る。


「だって、あたし、このスキルを手に入れられたからこそ一人前の盗賊になれたんだよ。不器用で、壁を走ることも、ナイフ投げもできない、このあたしが……身を隠す隠密だけは誰にも負けない、ミャーンにだって見破れないくらいの盗賊になれたの!」


 そう言うラットの顔はとても嬉しそうで、


「それどころか……ミャーンと一緒に、相棒みたいになって、第10階層まで行けるくらい頼りにされるようになった……!」

「第10階層まで行った相手ってミャーンだったんだ……」


 僕はそんな話、ミャーンから聞いたことなかった。

 ミャーンは自分のことあんまり喋らなかったし、そもそも、役立たずの僕に自分の昔話をする価値もないと思ってたのかもしれない。

 ミャーンにとって、人に話したくない過去なのか。

 ラットは話を続けている。


「そう。ミャーンはあたしの盗賊ギルドの同期で、ギルドマスターからも一目置かれてた天才なの。すぐにアサシンに転職できちゃったくらいのね。そんなミャーンにすごいって認められたんだよ? マジックミラーのお陰で!」


 話を聞きながら、僕は何か大切なことを思い出せそうで思い出せない気分になっている。

 うーん、なんだろう……。なにかとても重要な……世界の根幹に関わるような事実を思い出せそうな気がするのに……。

 ……ん……? いや、ちょっと待って? 第10階層……ラットとミャーンは一緒に……。


「……でも、ミャーンはそのうち、あたしにもうマジックミラーは使うなって言うようになって……あたしがミャーンと肩を並べられるのはマジックミラーのお陰で……それを使わなくなったら、もう一緒じゃいられないのに、それがわかっててもう使うななんて……」


 ……そ、そうだ! じゃ、じゃあ……! 

 ラットとチ〇ビ舐めあってマジックミラー発動してたのって、ミャーンじゃん!

 マジか!?

 ミャーンってそういう……?


「……それであたし、ミャーンと喧嘩別れして……それからはあたし、ずっと一人だった。みんなはマジックミラーのことバカみたいなスキルだって笑って……酷い陰口も叩かれた。セクハラも……。ミャーンみたいに受け入れてくれる人なんていなかった……ノアに会うまでは」


 そ、そういえば、思い返してみると……ミャーンはマミアナにも妙に優しかった気がする……ボディタッチも多めだった、ような……?

 僕やロインには塩対応だったけど、マミアナのことはすごく大事にしてたよな……?

 そ、そっかー……ミャーン、女の子が好きだったのか……。


 その時、僕は突然、後ろから背中を強く叩かれた。

 痛った!?

 ヘルだった。


「聞いてあげろ」

「あ……はい」


 ラットは遠い目をしながら話し続けている。


「……だから、あたし今度こそ……ノアの役に立つあたしでありたいの。あたし、本気だよ。あたしがこの世から無くなっちゃうとしても、あたしはノアのためにマジックミラーを使う。マジックミラーだけが今のあたしの価値だから」

「そんな……スキルだけが人間の価値なんてこと絶対に、ない……」

「価値っていう言い方がおかしかったかな? このスキルは……ある意味呪いみたいなものだけど、あたしそのもの、あたしの個性だって思うんだ」

「マジックミラーが?」

「うん。マジックミラーって使えば使うほど効果は向上して、誰にも見えなく、存在感も薄くなっていくの。そして最後は誰にも、そしてこの世界にもあたしは気付かれなくなって消える。あたしってそういう生き方なんだなって」


 ラットはすっきりした顔で言った。

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