第34話 惨状
「い、今、なにか降りていかなかった!?」
ラットがあたふたと、上を見たり下を見たり、顔を動かす。
「さっきの大きな悪魔だったりしない?」
「いや、ロイン達だった……と思う」
僕も確信はない。
一瞬、ロインの顔が見えた気がしただけだ。
「フリーフォールの魔法を使って、一気に抜け穴を降りたんだろうけど……ということは、ロイン達、あのチェーンデビルから逃げられたのか……」
もしくは倒したのか?
あんなラスボスクラスのやつを?
「……そりゃ黒龍を倒すつもりなんだから、チェーンデビルだって倒せなきゃ先に進む意味ないよな……」
そして、そこまで戦力向上に貢献したのはあのカーリーとかいう回復術師。いや、呪術師なんだろうか?
……僕は完全にお荷物だったってことか。
そんな思いを抱く僕の背に、そっと手を置く者がいる。
「先を行かれた」
ヘルだった。なんか冷たい手だと思った。
「あの者達の方が黒龍の命を死の女神の元へ返してしまうかもしれない」
「ロイン達に黒龍討伐の先を越されちゃうってこと?」
「そうなったら、あなたは死の女神へ返すべき命を失うことになる。あなたは命を盗んでおいて、その代わりを差し出せないまま。それは非常に正しくない。あなたは責務を果たさなかったことになるのだから」
「え、責務?」
「そう。果たさねばならない約束・契約。それを破るのなら死の女神の怒りを買うだろう」
「えええ!? じゃ、じゃあ、なんらかの罰を受けなきゃいけなくなるの? なにかペナルティが課される?」
死の女神からの罰って……やっぱり、死?
「さあ? それは死の女神の思し召し次第」
ヘルは取り澄ましたように静かな声。
「ただ、死の女神の怒りを買いたくないのであれば、それは簡単だ。あの者達より先んじて黒龍を倒せばいいだけ」
「う、ううん……」
僕は唸った。
フリーフォールの魔法で一気に先に行っちゃったロイン達に追いつき、追い越す……。
……僕らも今、ここから飛び降りる?
そうしたら追いつけるかもしれない。
死ぬけど。
それに、おそらくロイン達はチェーンデビルを倒したってことだよね。
それだけ強化されたのなら、ロインの奴……本気で黒龍も倒せちゃうかもしれない。
僕等よりはるかに格上の力を持つロインを、僕らで止めることができるのか……?
「もう一つ簡単な方法もある」
ヘルは囁く。
「あなたは私に告げる名を黒龍ではなく、別のものにすればいい」
「……ロインの名を告げろっていうの?」
そうしたら、ヘルはロインを黒い刃で切り刻んで、その命を死の女神の元へ連れていくだろう。
ロインは黒龍を倒して富と名声を得ることはできなくなる。
ざまあみろ。
そして、約束を果たした僕も、もうヘルに黒龍の命を狩ってもらうことはできなくなる。
ざまあないな。
残るのは、役立たずの低級ヒールしか使えない、富も名声もないままの回復術師崩れの無職。
……それでどうやって妹を救えるっていうんだ?
「……とにかく、後を追おう」
僕はむっつりと呟いた。
「なんとしてもロインが黒龍に辿り着く前に……僕らが黒龍を倒さなきゃ」
◆
「……これは……」
第4階層にようやく辿り着いて、僕は言葉を失う。
ロイン達に後れを取ったとはいえ、僕らもあれからかなり急いだ。
第2階層、第3階層はマジックミラーのお陰で誰にも見つからず、魔物達をスルーできた。
戦闘による時間経過は一切ない。
一方、ロイン達はそうはいかない。
第4階層まで一気に飛び降りたら、当然第4階層の魔物、悪魔達に見つかって戦闘になるだろう。
おそらくは相当な時間を悪魔達との戦いに費やすことになる。
その間に、僕らは追いつき、追い越す。
そうなれば、黒龍討伐を賭けた勝負はまだまだわからない。
そんな心づもりだったのだけど、
「全滅……? 第4階層の悪魔達が……僕らが着く前に……?」
僕は一面に転がるモンスターや悪魔の残骸を見て、呟いた。
肉体を滅ぼされ、黒ずんだ炭に変わっていく途中の
その横では悪魔を崇拝する蛇人達が切り刻まれて倒れている。
人間の邪教徒もいるようだ。いや、いたようだ。
首を落とされた地獄の猟犬ヘルハウンドはまだ痙攣していた。
そして、それらの真ん中で膝をついて絶命しているのは角の生えた巨大な悪魔。
見開かれた眼が驚愕を示している。
先程のチェインデビルと同程度の巨大さだ。
ウォーデビルと呼ばれる、戦争や争いをもたらす悪魔だろう。
確か、人間界に召喚できる普通の悪魔としては最強の部類のはず。
それが呆気なく死んでいる。
そんな光景が、僕らの歩いて進む先の第4階層内に蔓延していた。
「あの者達はさらに先へと進んでいる」
ヘルはこの惨状の犯人がロイン達であるとほのめかした。
「差は開くばかり。けれど、あなたにとって良い状況にもなった」
「え? いい状況って……なに? こんなにもロイン達の力が圧倒的だっていうのに……」
「あなたの行く道からは既に障害となる怪物たちが排除されている。おそらく、全て」
ヘルは目の前に広がる滅びの光景を指差した。
「……そうか、僕らは戦うことなくロイン達の後を追える……」
「怪物達がいない以上、その者のマジックミラーを発動させる必要がない」
「ふぇ?」
ヘルから一瞥されたラットが気の抜けたような声を漏らす。
「故に、ここでその者と別れても支障が無くなった。おつかれ」
「ええ!? もう、またその話をするの!?」
ラットが口を尖らせる。
僕はヘルの言ったことの意味を重々噛み締めた。
「そっか……別れるってことはつまり……もう、ラットとえっ……なことしなくていいってことか……」
そっかそっかー。
くわっ、と僕は目を見開いた。
「……でも、もしかしたらどこかに生き残りとかいて不意打ちされるかもだし? いつの間にかロイン達に追いついちゃって、向こうに気付かれちゃうかもだし? マジックミラーは発動させておいた方がいいんじゃないかな! かな!?」
僕は異様なまでに食い下がった。目の色が変わるという奴だ。
ヘルは肩を竦めたように見えた。
「冗談だ」
「……冗談……?」
「だが……」
ヘルはラットに向けて問いかける。
「お前は本当にそれでいいの?」
「……」
ラットは言葉を返さない。
ただ、小さく頷いてみせただけだった。
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