第28話 舌打ち

 先程、辺りを貫いた悲鳴。

 それは僕らの身代わりになった冒険者達のものかもしれない。


「……なのに、様子を見に行く必要はないって……ちょっと冷たいんじゃない? 僕らの所為で酷い目に遭ってる人たちがいるかもなんだよ?」


 僕はヘルに問いかけた。

 それに対するヘルの返しはにべもない。


「時間の無駄」

「それは……! そ、そりゃあ、僕らが行っても無駄かもしれないよ。僕らに戦う力なんてほとんどないんだし……。でも、もしかしたら僕のヒールが役に立つかもしれないじゃないか。瀕死で倒れてる誰かを半殺し程度には救うことはできるかも……」

「そんなことを話してる間に、向こうからこちらに来る。だから、見に行くまでもない」

「え?」


 熱の無いヘルの言葉に、僕はまごついた。

 こっちに来る?


「……ほほ……無益な殺生はやめましょう……」

「……おい、悪魔に情けをかけるのか!?」

「……ここで殺すことはありません……」


 話し声と足音がしてきた。

 インプの飛び去って行った方向からだ。

 そして、その声に僕は聞き覚えがある。


「……ロイン……!?」


 僕をパーティから追い出したロイン。

 街のならず者たちをけしかけて僕を再起不能にしようとしたロイン……!

 僕の代わりに有能な回復術師を仲間にしてダンジョンに挑もうとしていた、僕を利用するだけ利用して捨てたロインの声だ……!

 ぼそぼそと聞こえてくる……!


「……こいつが飛んできた方向……」

「……なんだ……」

「……気配がある……第4階層からもっと悪魔が上がってきている危険性……要警戒……」

「……ほほ……それは楽しみ……」


 ロイン達の声に混じって聞こえてきた低い女声。それにラットも顔色を変える。


「……やっばい! ミャーンだ……」


 そして、ぎゅっ。

 僕の手を柔らかくて暖かいものが掴んでくる。

 ラットだった。


「……は、早くマジックミラーをもっと強く発動させないと……!」

「……ラット?」

「……ミャーンの知覚能力だったら、今の程度のマジックミラーじゃ誤魔化せない……!」


 確かに、僕の元居たパーティでもミャーンは腕利きの盗賊枠だった。

 透明化したモンスター相手でも互角に戦えるくらいの察知能力の持ち主。

 これは……僕らは隠れた方がいいのか?

 ……少なくとも、僕はロインに会いたくない。

 奴は、僕の無事な姿を見たら襲ってくるかもしれない。

 ラットもミャーンに見つかることを恐れている節がある。

 なら……、


「……とりあえずマジックミラー号に入って、マジックミラーを発動させよう」

「ゲコ」


 マジックミラー号も準備万端。がぱっと大口を開けて、僕とラットの2人を受け入れる。

 その様子を見ていたヘルが、淡々と呟いた。


「結局この者のスキルに頼るのか」


 腕を組み、見下ろすように。

 僕はその態度になんだかたじろぎつつ、


「そ、そりゃあ、ラットのマジックミラーが無ければここまで来ることだってできなかっただろうし……」

「この者のスキルは」


 ヘルが言いかけて、言葉を止める。

 首を振った。


「いや。私はこの者の力を使うべきではないと思うが、あなたが選んだことだ。好きにするがいい」

「あんまり話してる場合じゃないよ……! ミャーンがすぐきちゃう……!」


 マジックミラー号の中、隣のラットが切羽詰まった声を上げる。


「早くもっと強いマジックミラーをかけなきゃ……!」

「わ、わかった。こ、これでどう?」


 僕は繋いでいるラットの手をぎゅっと握り返した。


「そんなんじゃ全然……! もっと、その……刺激の強いやつじゃないと……」

「刺激の強いやつ……」


 ラットが頬を赤らめながら、僕を見つめてきた。

 上目遣い。

 僕は、ごくりと唾を飲み込む。


「じゃ、じゃあ……いや、どうしたらいいかな……?」

「……ギルドの酒場でミャーン達から隠れた時は……キスしたよね?」

「う、うん……」


 言われて、僕はそっと顔を近づける。


「……あの時は突然のキスだったけど……今度はもっと優しく……」


 ラットが目を瞑り、唇を僅かに尖らせた。

 僕は……。


「いつまで話しているの。まだ? のんびりしすぎ」


 どこか刺々しく聞こえるヘルの声。

 い、今するとこだったのに!

 やる気なくなっちゃうじゃん!


「……ノア?」


 ラットがうっすら目を開け、心配そうに僕の名を呼ぶ。

 い、いや、やる気なくなったりしないから!

 やるから!

 僕らがダンジョンを踏破するのに必要なことなんだから!


「だ、大丈夫……いくよ」


 そして、僕はラットと唇を重ねた。

 柔らかく、温かい。

 いや、熱いものが僕の口の中に入ってきてぬるっと動いた。

 ラットの舌だ。

 僕も舌を絡める。

 ちゅ……くちゅ……と小さな音が漏れた。


「……チッ!」


 盛大な舌打ちがどこかから聞こえてきた。

 僕とラットはその勢いにびっくりして、思わず口を繋げたまま目を開けてしまう。

 目に飛び込んできたのは、僕らの傍に立っているヘル。

 その仮面のような無表情。

 じっと僕らを見据えていた。

 その口が、すっ、と開く。


「私じゃない」


 小声だった。

 聞いてないんだけど。勝手に弁明しはじめたヘル。


「……なんだ今の!?」

「……やはりこの先になにかいる……」


 ロイン達の声が近付いてくる。

 マジックミラーを貫通するくらいでかい舌打ちだったということ?

 ていうか完全にバレた?

 どんだけ……。

 僕は、ヘルに問いかけるような目を向けた。

 ヘルは小さく頭を振った。


「私じゃない。違う。そんな目で私を見る必要はない。私には感情なんかないんだ。私はあなたが誰と何をしていようと揺らぐことはない。嫉妬とは無縁。死の女神の使徒なのだから。だから舌打ちなんかしない。理解して」


 ヘルはめっちゃ早口だった。

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