第27話 実際におっぺえを揉むことで日々のストレスが緩和され寿命が延びることはよく知られています
ラットの手の中にあるのは、人を奴隷化することのできる(ただし男のみ)邪神の像。
巨大な眼球から角が生えているといった形状の異形だ。
今のラットは、まるで巨人から抉り出された眼球を手に持っているかのよう。
それを両手でぎゅっと握りしめている。
そのせいで、眼球部分がぐにょりと捩じれていた。
実はこの邪神像、眼球部分がふわふわと柔らかく、手触りがいい。にぎにぎしているだけでストレス解消できるくらいだ。僕もさっき実体験した。
おっぱいと間違えるくらいのフワフワ感、健康にいいに決まってる。
そんなゆるふわ呪物だから、その心地いい感触を求めて欲しがるのもわからなくはない。
けど、あくまでこれは人を奴隷にして支配する呪われたアイテムだ。
「……そんなもの拾って、どうするつもりなの?」
僕は再び問いかける。
ラットは、一旦口を開き、なにも言わずに閉じた。
それから、今度こそ語り出す。
「へ、えへ……これは、ち、違うよ? ……しょにょ……べ、別に誰かに使おうとかじゃなくてぇ……このままここに捨てていっても、あ、危ないじゃん?」
ラットは弱々しく微笑んだ。
「危ない?」
「そ、そうだよおー? ここに置いたままにして、誰かが拾って悪用したら……マズいよね? 例えば、敵モンスターが悪用したら男の冒険者とかどんどん奴隷化されちゃうかもしれないんだから」
「そう……かな?」
この邪神像の元の持ち主のタトゥーはこれを乱用している様子はなかったけど……なにか使う毎に対価を支払うとか一回しか使えないとか、そういうみだりに使えない制限があるのかもしれない。
だとしたら、モンスターがこれを悪用し、夢の冒険者奴隷化ハーレム計画(ただしオスのみ)を邁進できるとも思えない。
なのに、ラットはその危険性を頑なに信じていて、
「だ、だから、あたしがこれ回収しといてあげようと思っただけ……善意だよ善意。ほかに意味はないんだよ?」
ポッケにしまおうとするのだ。
「待って」
「ひん」
それを止める声は静かだが鋭い。
「今ここでそれを回収した者が、早速悪用する恐れはないの?」
ヘルはラットを凝視していた。
それから、僕に視線を向けてくる。
「この者はその呪物を悪用して、あなたを支配するかもしれない」
「え……」
言われて、僕はラットに向き直ってしまった。
ラットはたどたどしい笑みを浮かべている。
「え、ええ? ……えへ……や、やだなあ! しょ、しょんなこと、あたし、しないよ……?」
ないない、とばかりに手を振って見せてきた。
一方で、そっと視線をずらして僕の目を見ない。
ヘルの抑えた声が続く。
「……支配されたあなたは命じられるまま、私に名を告げるかもしれない。死の女神の元へ返すべき命の名を。盗んだ命の代わりは、あなた自身が選ばねばならないのに。なのにあなたが誰かに命じられるまま選ばされるのだったら、それは冒涜。あなたには死の女神の元へ送る命を自分の意思で選ぶ義務があるの」
「え、ええと、つまり、なにが言いたいの?」
「この者は、実は誰かを死なせたいと思っている可能性がある。そのためにあなたを支配して、私に命じさせるかもしれない。誰かの命を奪うように、と。そのように、あなたの自由意志を束縛する可能性のある呪物を人にゆだねるべきじゃない」
誰かを殺したいのでは? だから呪物を欲しがっているんじゃ? と疑われていると知って、ラットの目が丸くなった。
「ち、違……!? あ、あたし、そんな怖いことしないよ!? ノアに誰か死なせたい人の名前を言わせるとか……そ、そんなことしない!」
ラットは弾かれた様に声を上げた。
ヘルの言葉は止まらない。
「では、なぜそこまで呪物に執着するの?」
「誰かを死なせるとかノアを利用しようとか、そんなんじゃないの! そうじゃなくて……た、ただ……も、もしかしたら……これがあったらずっと一緒にいられるかもって……いざというときの、お、おまもりみたいな……」
「結局、この者はあなたに呪物を使うつもりだ」
「そうじゃないんだってば! そうじゃ……ない……」
ラットは言い淀んだ。
それから、僕をじっと見つめてくる。
「……信じて」
「ラット……」
「信じようと信じまいと、呪物をこの者の手に委ねなければいいだけの話」
ヘルは無造作に、なんのもたつきもなく、ラットの手から邪神像を取り上げていた。
取られたラットもびっくりしている。
「え? あれ?」
「あなたが持って」
ヘルはそれを僕の手の中に押し付けてきた。ごく自然に手渡されていて、拒否する暇もない。
「え? 僕が?」
「あなたがあなた以外の何者にも支配されないようにするには必要なこと」
「だ、だから、あたし、ノアにそれ使おうとなんか思ってないんだからね!? あ、あくまでモンスターが悪用したらいけないから回収しようと……」
そんなラットの言葉を途中で遮るように、
「つまり、あなたが持つことで魔物が悪用して冒険者達が奴隷化される恐れはなくなった」
ヘルは僕に向けてそう言った。それから、ちらりとラットを見て、
「これで問題はない。そうでしょ?」
「う……」
ラットは短く息を漏らした。
ヘルは追いかけるように問いかける。
「それとも、どうしても自分で持ちたい理由が他にある?」
「……にゃ、にゃいです……」
ラットは圧に負けたようにふにゃふにゃ言った。
それを聞いて、僕は呟いてしまう。
「……でも、僕が持ってても誰かに取られて悪用されるとか普通にありそうなんだけど……」
だったら、壊しちゃうとか封印しちゃった方が良くない?
そうも思ったが、それをヘルに問う前に、悲鳴が周囲をつんざいた。
「ぎいいいいいいいいいあああああああああ!」
汚らしい、濁った叫び声。
あまりに耳障りで、僕らははっと声のした方を向いてしまう。
それは先ほど、インプが飛び去った方向だ。
僕らを無視して僕らの後方へと飛んでいった。
「な、なに?」
そういえば、あのインプ、僕らとは別の気配を感じて向こうに行ったんだっけ。
じゃあ、今の悲鳴は僕らの代わりにインプに見つかった冒険者達のもの?
僕らの所為か?
「……もしそうなら、見過ごすわけにも……ちょっと様子を見に行った方が……」
「その必要はない」
ヘルが冷たく言った。
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