第26話 オス奴隷生成呪物の取り扱い方法について、見解の相違からギスギスします

 インプに見つかった……!

 無敵のマジックミラーが破られるなんて……!

 僕が……僕がラットにえっちなことをしなかったせいでこんなことに……!

 くっそう、全部僕が悪いのか。

 こんなことならラットにドえっちなことしておけばよかった……!

 後悔先に立たずとはまさにこのこと……!


 僕は威嚇するようなインプの表情を見て、覚悟を決める。


 ……こうなったら、せめてラットとマジックミラー号だけでも逃がして、僕が時間を稼がなくちゃ……! ヘルはたぶん大丈夫。

 そう、僕が犠牲になることでみんなを助けるんだ!

 いやだなあ!

 正直嫌だけど!

 ここで僕が死んだら妹がどうなっちゃうか心配だけど!

 だから、なるべくなら、インプ、どっか行ってくんないかなあ!


 そんな強い意志のもと、僕はマジックミラー号に、


「……僕だけ吐き出して……!」


 小さく鋭く命じた。


「ゲ、ゲコ?」

「早く……!」

「ゲコ……」


 僕の口調に驚いたのか、マジックミラー号は戸惑いながらも応じてくれる。

 器用に、ゲッ! と僕だけを口から吐き出した。

 その間、インプは鼻をひくひく、耳をピクピク、全神経を集中している様子。


「ちょ……!? ノア、1人でどうする気……!?」


 マジックミラー号の口の中からラットがそういうのが聞こえる。

 僕は左手を横に伸ばし、後ろのラットとマジックミラー号を庇うようにする。

 インプに向かって、告げた。


「……さあ、こっちだ! まだ僕が見えてないのか? 悪魔め!」


 インプは目をぱちくりし、焦点を合わせるような顔をする。

 そして、歯を剥き出しにした。


「……! ソンナトコロニ……! ニガスカ!」


 インプは顔を歪め、キイヤァ! と叫んで飛び上がった。

 ばっさばっさ、蝙蝠のような羽根を羽ばたかせて飛ぶ。

 僕の方に向かって。一直線に。


「……こ、この……!」


 僕は反射的に拳を振りかざす。

 そして火を吹くへっぴりパンチ。

 僕の大層力強い拳は何もない空間を弱弱しく振り抜いた。


「キイアアアア!」


 僕の攻撃を容易く躱したインプの狂気をはらんだ顔が、ぐん、と近づいてきた。


 あ、僕、死んだ。


 インプは一気に僕の頭の方に肉薄し、僕の頭の横を通り抜け、僕の頭の遥か後方へとぶっ飛んでいってしまった。

 ドップラー効果まきちらしながら。


「……え?」


 僕は放置されて、茫然とする。

 インプが飛び去り、沈黙が辺りを支配する。


「なにをしているの?」


 僕の横に立ったヘルが、虚無の目で僕を見つめてくる。


「えっと……行っちゃったね」


 僕はインプの消えた方向を見ながら呟いた。

 それから首を捻る。


「どこに行ったんだろう……?」

「なにか気配を感じてそちらへ向かった。ただそれだけのこと」

「目の前の僕らを無視して……?」

「私達は目の前にはいても、あの悪魔には見えていなかった」

「えっと、つまり……? じゃあ、マジックミラーは見破られたわけじゃないの……?」


 ラットのスキルは今も発動していて、何の問題もなかった、と?

 僕が命を賭けて皆を逃がさなきゃ……! とかなんだったん?

 ていうか恥ッず……!

 僕が犠牲になって皆を助けるんだ! とか、うっわ……。

 そんなことを思っていると、ラットに聞かれた。


「? ノア、なんで外に出たの?」

「ゲコ?」


 マジックミラー号までつぶらな瞳で僕に問いかけてくる……!


「……ちょっと乗り物酔いしちゃって……空気吸いたかったんだ」


 僕は深呼吸して見せた。

 それから、さりげなく、実にさりげなく、ラットに確認する。


「……その……マジックミラーは今も効いてるんだよね……?」

「うん、発動してるよ」

「だと思った。うん、知ってたよ」

「? あれ……? でも、今、ノアがマジックミラー号から降りて中にいないのに……なんで、誰が、その……あたしを触ってる?」

「ゲコゲコ」


 マジックミラー号の長い舌がびゅろっと外に出た。

 俺俺! 俺だよ! とアピールせんばかり。

 ていうか、お前かよ!?

 お前がさっきからラットを舌でこちょこちょして、なんかちょっとえっ……な雰囲気にしてたのか!

 一方僕はくそキモイ呪物をクリクリして1人興奮していた変態だった、と……?

 呪物の固いもの、クリクリしこしこしてはぁはぁしてたド変態やないか……!

 なんでこんな人生になっちゃったの……?


「あのぉ……ところでさ」


 そう言って、ラットが目を逸らしながら、


「……それって、男の人を奴隷化するとかいう呪いのアイテムだよね……?」


 と、床に落ちていたアイテムを指差した。

 眼球に角が生えたような邪神の姿。タトゥーをしていた冒険者が持っていた代物。


「なんでそれが今ここに?」

「たぶん、あのタトゥーがマジックミラー号に飲まれた時、その腹の中に落としたからだと思うけど……」

「へえーそうかー。そうなんだー」


 ラットはなんか平坦な口調でうんうん頷き、よっこいちょ、と自分もマジックミラー号から降りてきた。


「あれ? マジックミラー号から降りていいの?」


 僕は思わず尋ねていた。

 マジックミラー号の中、舌でぺろぺろ舐められていないとダメなんじゃないの?


「えっちなことしてないとマジックミラーが発動しなくなるんじゃ……」

「え、えっちなことっていうか、ちょっとドキドキすればそれで……だ、だからノアの傍にいようと思っただけだよ!」


 ラットはそう言って、僕の腕に抱きつく。

 身体をぴったりと寄せてきた。


「……こ、これでマジックミラーは発動するから……また、一緒にマジックミラー号の中に入ろ……?」

「あ、う、うん」

「えへ……一緒に、なろうね?」


 ラットが念を押すように上目遣い。

 も、もちろん、マジックミラーを発動させて第10層まで行くために……ってことだ。

 わかってるとも。

 別に他の意味なんてない……こともない、のか……?


「それで?」


 ヘルの氷のような声。


「その呪物をどうするつもり?」

「……ひぇ」


 ヘルはラットの顔を覗き込んでいて、そのラットの顔は引きつりそう。


「ちょ、ちょっとヘル! あんまりラットに圧かけないで」


 ストレスで死んじゃう。

 だが、ヘルは僕を一瞥しただけ。


「この者は今、邪神の呪物を我が物にせんとした」

「え?」


 ヘルの言葉によく見てみると、ラットはいつの間にか両手であのおぞましい邪神像を握りしめていた。

 いつの間に拾い上げたのか。

 ヘルが素っ気なく呟く。


「あなたは油断しない方がいい」

「ラット……? そんな呪われたアイテム、どうするつもり?」

「え、いや……これは……」


 ラットはおどおどと、僕と目を合わせようとしなかった。

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