第23話 抜け穴<ピットフォール>へ

 マジックミラー号の中にいる僕とラット。

 ヘルからは僕がそのラットの胸部分に手を伸ばしてることなんか見えないわけだ。

でも、ヘルはなにかを感じ取っているらしい。

 眉間に深い皺を寄せている。

 じとっと湿った視線。


「いかがわしい真似をしているの?」

「い、いや、そんないかがわしいことなんて……、う、うん、僕は今、他人様の前で堂々と胸を張れないような、疚しい真似なんかしてないよ」


 僕は後半、力強く断言した。

 そう、これはエッチなことがしたくてやってるんじゃなくて!

 ダンジョン攻略のために必要なことだからやってるんだ!

 何にも疚しいことなんかない!


 もみ……うわぁ~……柔らか~……。

 ここはどこかな……?


「……あ……しょにょ……」


 ラットが顔を真っ赤にしてもごもご呟いた。


「……だ、だから……も、もう十分だから……マジックミラーはちゃんと発動してるから……」


 いたっ!?

 僕の太ももに軽く痛みが走る。

 ラットがつねったみたいだ。

 僕、やり過ぎた……?


「……あなたもいかがわしい真似をしている?」


 またも何かを察したヘル、今度はラットに冷たい声をかける。

 ラットは僕の太ももから腰辺りをゆっくりさすりながら、


「……にゃにも……してないんですけど?」


 と、ヘルの目を見ようともせず、俯いて呟く。


 ……だ、だんだん、ラットの触るところが、その、重大関心事項に近付いてるみたいなんですけど……?


 ヘルは舌打ちしそうな顔になっている。

 ヘルもこんな顔するんだ。


「……これから死の女神の元へ盗んだ命の代わりを返すというのに、あなた達からはまた真剣さが感じられない」


冷たい声。

僕は弁解する。


「えっと……怒らないでよ。こんなカエルの中から頭だけ出しててふざけてるみたいに見えるかもしれないけど、ちゃんと真面目に、黒龍のいる第10階層へ行こうと頑張ってるんだから」

「ゲコゲコ!」


 マジックミラー号も力強く後押ししてくれた。

 ヘルは無表情に戻り、


「怒る? いいや、まったく」


 虚ろな目を僕達に向ける。


「あなたがこの者のスキルを活用すると決めた。それに私が何か言うことはない。気分を害すなどありえない」


 ヘルは右手を顔の前にかざした。

 口元が隠れる。


「私はただ、盗まれた命の代わりとして、黒龍の命を早く死の女神の元へ送りたいだけ」


 死の女神の使徒として、仕事熱心なんだよな、ヘルは。

 と、僕は思いつつ、その熱意にこたえようとする。


「わかったよ。じゃあ、このまま移動できるかな?」

「ゲコ!」


 マジックミラー号の元気良い返事。


「オーケー。さっそく第2階層への階段まで行こう。マジックミラーが発動してるなら、途中でモンスターに邪魔されることも無いはずだし」


 第2階層への道のりは知っている。

 ロイン達と何度も通った道だ。

 オーソドックスな地下通路に中・低レベルのモンスターが徘徊している。

 スライムとかスケルトンとか知性の無いモンスターに、それらを利用して冒険者達を自分のエサ場におびき寄せる大地虫とか。

 一応、途中に第1階層の主ともいえるゴースト<泣き男>が存在するが無視して倒さなくても先に進める。

 第1階層だしね、僕だってこのくらいは詳しい。


「あ、ちょっと待った」


 僕の隣で、ラットが声を上げた。


「あの、それより第4階層まで一気に降りられる抜け穴があるでしょ? そっちに行かない?」

「そういえば……」


 僕は思い返す。

 確かに、最初の頃、ロイン達とそのルートを目指したことがあった。

 でも、


「そこ第4階層のモンスターが湧いていたり、敵の数も多くて大変だったよ。……僕のヒールじゃ間に合わなくて結局辿り着けなかった……」


 消耗戦になって、それだと僕の回復量では足りなかったのだ。


『ちっ、使えねーな』


 そんなあからさまに舌打ちをされた記憶が蘇ってくる……。

 黒龍討伐を目指しているロインにとって、このルートは目的地への大幅なショートカットになる。絶対踏破したいと言い張った。

 でも元々無理な話だった。


『ロイン、本当にできるの? それは、確かに踏破できるならすごいと思うけど……』

『今はもっと慎重に行動すべきだ』


 と、マミアナとミャーンだって抜け穴を無事通り抜けられるのか心配していた。

 そんな2人をロインはこう説得した。


『こっちには回復術師がいるんだから、ダメージを喰らっても大丈夫さ。なあ、やれるよな? ノア?』

『え? いや、でも』

『いけるいけるって!』


 その後。


『お前、いけるって言ったじゃないか! これ、どういうことだよ!』

『僕は……』

『下手したら死んでたかもしれないんだぞ。まったく……お前の言葉なんか、信じるんじゃなかった』


 そして、ロインの見下した目。


『ちっ、使えねーな』


 そんな蔑みを受けて僕は……。

 僕は……。


「大丈夫」


 ぎゅっ、と僕の手が握られた。

 僕は思い出から、はっと我を取り戻す。

 ラットの顔を見た。

 真剣な眼差しをしていた。


「今のあたし達は誰にも見つからない……どんなにモンスターが待ち構えていようと、戦う必要はないだもん」

「ラット……」

「前に10階層に行った時もここを無傷で通ったんだよ。その……マジックミラー発動して、ね? だから、信じて!」

「……わ、わかった。行こう」


 こうして僕らはマジックミラー号の中で手を繋ぎながら、抜け穴<ピットフォール>へと向かう。

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