第24話 インプ
カチャカチャと軽い音を立てながら、僕らの目の前をスケルトンが通り過ぎていった。
曲刀と小さな盾で武装した、よく見るタイプのスケルトン達。
それが5体。
僕は息を殺して、それらアンデッド達が地下墳墓の奥へ消えるのを待った。
なのにそこで、
「ゲコ」
と、マジックミラー号が突然鳴いたので、僕は目を見開いた。
せっかくマジックミラー発動してるのに、バレちゃうじゃないか!
なんて、そんな声を出すわけにもいかないので、僕は口を閉じたまま。
ただ、マジックミラー号の中から、眉間に皺を寄せたり口を尖らせたり、とにかく表情だけでも非難してみせた。
まあ、マジックミラー号には見えないだろうけど。
とかやってたら、
「大丈夫」
ラットまで喋り出した。
「あたしのマジックミラーはちゃんと効いてるから……」
ぎゅっ、と僕の右手を握り締めてくる感覚。
さっきから、ラットはずっと僕の手を握ってくれている。
「……少しくらい声を出しても、気づかれないよ……?」
と、ラットは僕から手を離し、今度は僕のお腹の辺りを触ってきた。
そして、伏し目になりながらぼそっと。
「……こ、声……出してみる……?」
あ、あ、ちょっと、そこは……。
ちょっと、その、近い……!
「そ、そうなんだ……」
声を、出しました。
それでもやっぱり、スケルトン達は全くこちらに気付かないまま通路の奥へと行ってしまっている。
ほんとに便利だな。
エッチな雰囲気になると周りから感知されなくなるスキル、マジックミラー。
発動者の周囲に非認識の空間が発生するとか何とか。
理屈はよくわかんないけど、利用することは可能だ。
「抜け穴まで、あとどれくらいなの」
マジックミラー号の横で、ヘルがむっつりと言った。
「私はいつになったら黒龍の命を死の女神の元へ送れる?」
「……あ、も、もうすぐ、だよ? 地下墳墓のゴースト<泣き男>の前を突っ切るルートを通れば、もうすぐだから……」
ラットはそう言って、
「じゃあ、このまままっすぐ進んでくれる? マジックミラー号?」
「ゲコゲコ」
マジックミラー号に進行方向を指示する。
マジックミラー号もその意図を完全に理解して、のたのた歩き始めた。
その一方で、ヘルは口を真一文字に引いたまま。
それから、
「私にはあなた達がまるでわざわざ遠回りして抜け穴に向かっているように見える。少しでも、あなた達の今の状態を維持したいかのように」
と、マジックミラー号の中で密着している僕とラットに言い放つ。
僕は心外な気分でいっぱいだ。
「そ、そんなことないよ!?」
真面目にダンジョン攻略をしているだけだというのに。
マジックミラー発動にはこうしてなきゃいけないというだけで、全然、わざととかじゃないんだ。信じてほしい。
「と、とにかく、ここ、第1階層の地下墳墓エリアを通り抜ければ、抜け穴はすぐだから。じゃあ、頼むよマジックミラー号」
「ゲコ―」
僕はそう言って、マジックミラー号に先を急がせた。
そうして、僕らは簡単に地下墳墓エリアを抜け出す。
途中、泣き男と称されるゴーストの巣食う部屋を通ったが、ゴーストは全くこちらに気付かなった。ぶつぶつと泣き言と恨み節を漏らすばかりで、僕らにはなんの実害もない。
実際に戦うことになると、物理攻撃が効かなかったり鬱になる呪いをかけてきたり、面倒な相手なのだけれど。
で、
「……ほら、この先! 通路の先が大規模に崩落してるの、見えるでしょ? もともとは普通に地下迷宮だったんだけど、大地虫かなにか巨大なモンスターが掘り崩したらしくて、第1層から第4層まで貫く大穴になってるんだ」
僕は先に広がる光景を見て、ヘルに教えた。
ヘルは銀髪をわずかに揺らす。
「わかった。では、進む」
無造作に歩みを進めるヘル。
ごつごつした石床から、土の床へと変わる。
ヘルは抜け穴の縁に辿り着いた。
こちらを振り向く。
「ここから飛び降りればいい?」
「死んじゃうよ! ちゃんと道みたいになってるところがあるから、そこを辿って下に向かうの!」
と、僕の視界の端をなにかが掠めた。
「ん? 今、なにか……?」
なにか飛んでいったような……。
そう思うと同時に、僕は異臭を感じる。
鼻をひくつかせた。
なんだろう、この卵の腐ったような嫌な臭い……。
「……抜け穴付近をねぐらにしているモンスター?」
そういえば、前にロイン達ときたときはこの近くで蟻やら蟲やらのモンスターがうじゃうじゃ湧いてたっけ。
またそういう奴等が住み着いて繁殖しているのかも……。
バサッ。
そんな音と共に、僕らの目の前に赤黒い肌の小型の人型モンスターが降り立った。
小さな羽根をはためかせて。蟻や虫ではなかった。
「……ニオウ……」
そいつは牙の生えた口を歪めて呻いた。
「……カクレテルナ……」
僕はそのおぞましい怪物に心当たりがあった。
インプだ。
悪魔の中でも使い魔的な存在。
だが、人を騙したり陥れたりしようという悪意は他の大悪魔達と同じくらい持っている。
「第4階層のモンスター……」
第4階層は悪魔やデーモンといった本来別次元に巣食うモンスター達の世界に繋がっているといわれている。
そこからこの第1階層まで上がってきたのか。
そう思った僕が呟くと、インプがぎっとこっちを向いた。
「……イル……ドコダ……?」
マジックミラーの効果が薄い!?
僕の声が聞こえてしまっているのか。
「……スキル……ツカッテルヤツ……デテコイ……」
インプはふらふらと再び飛び立ち、辺りをうろつき出した。
「……コレシッテル……マジックミラー……」
こいつ、マジックミラーのことを知っている。
なんでだ? 前に経験したことでもあるんだろうか?
やばい、これはバレる……!
さすがに第4階層の魔物ということか。知覚能力が高いらしい。
……こうなったら、マジックミラーの効力をもっと強めて、インプから完全に見えなくなるようにするしかない。
僕の手でやろう。
背に腹は代えられない。
僕は素早く、右手を伸ばした。
ちょうど先程、丸くて柔らかいものがあったラットの胸の辺りだ。
ヒット!
ジャストフィット!
僕の右手の平の中に、まさに探し求めていたものがすっぽりと収まる。
いつも変わらずそこにある、おっぺえというものは実に得難く尊きものであることだなあ。
「……あ……」
ラットが吐息のような物を漏らした。
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