第22話 丸くて柔らかいもの

「ゲコゲコ」


 ジャイアントトード改めマジックミラー号は上機嫌のように思えた。


「いいかい? 間違って僕らを全部飲み込んじゃったら、すぐに吐き出すんだよ? そのまま食べちゃダメだからね? わかる?」

「ゲコ」


 僕の注意にも素直に耳を傾けている。……んだと思う。

 と、僕の隣で、ラットが呟くのが聞こえた。


「……入ってみるとちょっとひんやりしてて、その……思ったより、ノアと近いね」

「狭いからね」

「……えへ、これだけで少しマジックミラー発動しちゃうな」


 男の子との思わぬ距離の近さに戸惑う女の子。

 これだけ見るとちょっといいかな? って思うけど。

 実際は、大カエルの口の中から頭だけ出してる男女2人という……まさに食べられてる途中のグロ画像みたい。


「私は正直、この者のスキルに依拠することは正しくないと判断する」


 マジックミラー号の中には入らず、その傍らで佇む銀髪の少女。手には大鎌。

 ヘルは僕らに虚ろな目を向けている。


「あれ? ヘルはこの方法で第10階層まで行くのに反対だった? ……嫌だった?」


 モンスターは人を襲う敵。そんなモンスターと協力するなんて正しくない、っていう考えの持ち主がいるのもわかるけど……。


「ゲコゲコ?」


 マジックミラー号も問いかけるように鳴いた。

 お前も入っとく? みたいな親切そうな鳴き声。

 だが、目いっぱい頬張った所為で、はち切れんばかりに膨らんだマジックミラー号の腹。

 満員です。

 ヘルは僕とラット、それからマジックミラー号の腹を交互に見て、


「でも、選ぶのはあなた。好きにするといい」


 そう呟いた。

 ……なんだか不機嫌そうなんだけど、よくわからない。

 そしたらなぜか、ヘルは急に黒い刃の大鎌をふぉんふぉん振り回し始める。

 見事な演武……とか言ってる場合じゃない!


「ちょ、ちょっと危なくない!? それ当たったら死ぬくない!?」

「私はまったく気にしない」


 ヘルは、まるでマジックミラー号の身体ギリギリのところをかすめるように黒い刃を振り回し、


「……あなたはこの怪物の命もまた盗んだ。今、この怪物の命は死の女神の定めから外れたところにある」

「う? うん?」


 ぴたり、とマジックミラー号の首筋に黒い刃をあてがうヘル。

 寸止めだ。

 というか、あの勢いがよく止まったものだ。

 まるで見えない壁に遮られたかのような止まり方。

 なにか思うところがあるのか、ヘルの眉間には皺が寄っている。


「……やっぱり」


 ヘルがちょっと力を加えれば黒い刃はマジックミラー号に食い込むだろう。

 なのに、黒い刃は石のように動かない。

 

「ゲ、ゲコ!?」

「……お前が死の女神の定めたところに戻るのは今じゃない」


 それで納得したのか、ヘルは大鎌を引っ込めた。

 ヘルってマジックミラー号のこと嫌いなのか……?

 カエルがダメとか……?


「ヘルってかわいいところあるよね」

「……なに?」


 ヘルから、びっくりするくらい塩味のする言葉が返ってきた。

 僕は慌てて、適当なことを言って取り繕う。


「い、いや、急に大鎌を振り回し始めるから、げ、元気でかわいいなあって……」

「……これはただの準備運動」


 なんの準備なんだろう。

 ヘルからなんだかわからないやる気が溢れてて頼もしいな。

 やる気満々らしいヘルが、熱の無い声を上げる。


「……それで? いつまでここ、第1階層に留まる?」

「あー、そ、そうだね。そろそろ行こうか? 黒龍のいる第10階層まで、ラット、行ったことあるんだし、道案内お願いできる?」

「うん、大丈夫」

「マジックミラー号もオーケー?」

「ゲコ」

「……じゃあ、あとはマジックミラーを発動させて……っと」


 仕方ないよね?

 僕はさりげなく、マジックミラー号の腹の中でラットの方へ手を伸ばした。

 カエルの胃の中の肉壁をまさぐりつつ、隙間を穿ってラットの胸の方へ胸の方へ……。


「ゲコ♡」


 お前が頬を赤らめてどうする。

 色っぽい鳴き声すんな。

 くすぐったいのかなんなのか、マジックミラー号は僕の手の動きに反応した。

 これは……マジックミラー号には重大な欠陥があるかもしれない。

 とか思ってたら、伸ばしていた僕の手に丸くて柔らかいものの感触が……!


「……あ……」


 ラットが喘いだ。

 それから、え? みたいな顔で隣の僕を見つめてくる。

 ……地味だと思ってたけど、近くでこうしてみると綺麗な目だ。

 前髪が目を隠していなければ、もっと明るく見えるんじゃ……。


「……も、もうマジックミラーは発動してるから……」

「あ、そ、そうなの」


 言いながら、僕は手先に意識を集中。

 丸くて柔らかいものの正体を探る。

 これはなんだろう?

 ちょっと小ぶりで、手の中に丁度納まる大きさ。

 ぽよんぽよんしている。

 決して……決して大きくはないがバランスがいい。

 炭水化物とタンパク質と脂質のバランス、みたいな? よくわかんないけど円グラフ的な?


「だ、だから、もう、その……しなくて大丈夫だからね? 第1階層辺りなら、この程度のマジックミラーで十分、モンスターからは見えなくなってるから……」

「わ、わかっ、ぅわっ!?」


 と、僕の太ももに何かが触れた。

 すーっと撫でるような柔らかなタッチ。

 それから、ぺたりと貼り付く感触。

 当たっているところが温かい。


「こ、これって……」

「……だから、ノアはもうしなくていいから、ね? ……あたしが、えへ……先輩なんだから」


 ののじののじ。

 ラットの指が僕の太ももに悪戯をし始める。


「……あたしに任せて」


 ツンツンしたり、ふわっと指を広げたり。

 僕の太もも辺りの感覚が鋭敏になっていく。


「あ」

「……くすぐったい……?」


 おそるおそる。上目遣いで伺ってくるラット。

 顔が真っ赤。

 ……無理してる顔だ、これ。


「ゲコ?」


 マジックミラー号が、歩き出していいのかどうか問いかけるように鳴き、


「それで? いつになったら先に進む?」


 そう言いながら、ヘルはぐいっと僕に顔を近づけて迫ってきた。

 鋭い目つき。


「……なにしてるの?」

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