第21話 命名──名を与えるとは命を与えること──
「ゲコ……♡」
ムホホ……これでいつも一緒だね……♡
みたいなニュアンスの鳴き声を上げるジャイアントトード。
艶っぽい鳴き声だった。
うーん、セクシぃ。
このまま飲み込まれて養分となれば、僕はトードの体の一部になれる。
トードが死ぬまで永遠に一緒だ。
……重すぎるんですけど?
トードがそのことに気付いて気が変わる前に、口の中から脱出しなければ……。
「……あ、あの……」
僕はそっと囁いた。
刺激しないように、刺激しないように……。
「と、とりあえず出してくれないかな……?」
「ゲコ―!?」
「わ、わー! わかったわかった! い、一緒だよ? お前とはこれからも一緒にいる! だから、興奮しないで……」
興奮のあまり、ごくん、とされたらたまったもんじゃない。
「ゲコゲコ」
「……お前も一人ぼっちになっちゃって寂しいもんな。わかるよ」
なに言ってるのかわかんないけど、僕はわかった風の口を利いた。
「ゲコ」
「うんうん。これからは僕たちがお前の仲間になる。約束する。……でも、せっかく仲間になれたのに、その仲間の口の中にいるのって、どうかな? 僕、重くない? 口、疲れない? 大丈夫?」
「ゲコ―」
「なんか間違いがあってもいけないし、お前の負担になるのも悪いし、一旦……一旦ね? 降りた方がいい……かなー? って思うんだけど、どう思う」
「ゲゴ……」
と、いつの間にかヘルが僕らの傍に佇んでいて、囁く。
「あなたはこの怪物を連れて黒龍の元まで向かうつもり?」
ジャイアントトードが聞き耳立ててる気配がする……! 耳がどこにあるか知らんけど。
下手なこと答えたら、怒り出すかもしれない……!
僕は、当たり障りない風に、努めて自然に答えた。
「こ、こいつが僕から離れたくないっていうなら……まあ、そうなるかな」
「そのような余力があなたにあるの?」
「え?」
「怪物とはいえたった一匹で、しかも先程死の女神の元へ帰った3つの命に嬲られる程度の怪物。黒龍の元へ辿り着くための盾として、供をさせるには足りない」
つまり力不足だから置いてけ、と?
……今、こいつが聞いてるところでそれ、言わなくても良くない!?
「で、でも、こいつももう一人ぼっちになっちゃったみたいだしさ、置いてくのはかわいそうだよ。一緒に連れて行ってやってもいいんじゃない?」
「この怪物の命を死の女神の元へ返すという選択もある」
ヘルは何のためらいも無い目で、ジャイアントトードを見つめる。
「盗んだ命の代わりとして、あなたはこの怪物の名を私に告げてもいい」
それじゃこいつにヒールをかけた意味がなくなるんだけど。
最初から見捨ててればよかっただけの話になる。
そうじゃなくて……もっと平和的な解決方法があるんじゃないか……?
「ゲコ?」
「選ぶのはあなた。好きにするといい」
「……ちょっと待って!」
そこで、ラットが立ち上がった。
「思いついたんだけど……ね? お前……」
と、ジャイアントトードのそばに寄る。
おそるおそる手を伸ばし、トードの首を撫でた。
小首を傾げて尋ねる。
「……あたしもノアと一緒に食べてくれる?」
「ゲゴ?」
「は?」
僕とトードは同時に鳴いた。
僕と一緒にジャイアントトードに食われて死んであげる、一人ぼっちは寂しいからね? という斜め上の優しさ?
「な、なに? ラット、それ、どういうこと? 僕と心中する気?」
「この者の命も死の女神の元へ返す……ということではないようだけど」
ヘルが道端の石でも見るかのようにラットを眺める。
ラットは大きく首を横に振った。
「いや、一緒に死ぬとかじゃないよ!? 当たり前でしょ? あたしとノア、この子の中に隠れて運んでもらったらどうかな? って思ったの!」
「運ぶ?」
「黒龍のいる第10階層まで、この子の口の中に入って行けばいいんだよ。連れてってくれるよね?」
「ゲコ」
「いや、なんで? 第10階層まで行くにしても、わざわざジャイアントトードの口の中に入って行く意味は……? 歩いていけばよくない?」
と、ラットはもじもじし始めた。
「……実はちょっと言ってなかったんだけど……その……え、エッチなことしながら、つまりマジックミラーを発動しながらダンジョンの中を移動するのって結構大変で……」
「そうなの?」
僕はヘルに向かって問いかけた。
「私はしらない。……なぜ、私に聞く?」
いや、特に意味は。
と、ラットが消え入りそうな声で続ける。
「……そにょ……ち……乳首……舐めあいながら10階層まで降りるの、すごい難しかったから……」
「舐めるのって難しいんだ……」
「……お互い、ち……に集中してると足元見えないし、首まげて舐めるので姿勢悪くて首筋とか攣りそうになるし……」
その様子を想像してみた。
「……そうだね。胸のところを舐めあいながら歩くって、結構難事業な気がしてきた」
お互いの乳首くわえながら二人三脚みたいに歩くって、エロいというかアクロバティックだよね?
と、ラットが頭を掻きながらぼやいた。
「いやー、おっぱいが大きかったらそうするのも簡単なんだろうけど、ほら、あたし、そうでもないからぁ? だから、え、へへ、大変で……」
「なるほど、確かにそうだね」
僕は同意した。
「……うん」
? 急にラットのテンション下がったな?
どうしたんだろう。
財布でも落としたのかな。
「……まあ……そういうわけで……大変なんだよ……」
ラットはどこか俯きながら、もごもご言った。
「……でも、この子の中に入って運んでもらえるなら……この子の中で、そにょ……エッチなことすれば、マジックミラーを発動して、この子ごと誰にも見つからないように行けるでしょ? 簡単に第10階層まで潜れると思うんだ」
「……なるほど」
僕はこのジャイアントトードに運んでもらうメリットを考える。
アクロバティックなことをしなくてもエッチなことができるというのは助かるかもしれない。
僕はジャイアントトードに問いかけた。
「どうだろう? お前、僕とラットを運んでくれる?」
「ゲコ」
いい……みたいだな?
同意の鳴き声と受け取っておく。
すると、ラットがジャイアントトードに話しかける。
「よかったね、これで一緒に行けるよ、お前……」
そこでラットは口ごもり、僕に振り返った。
「……ね? この子、仲間になったんなら名前を付けてあげるってのはどう?」
ラットが提案してきた。
「そうだね。『お前』とか『この子』呼びじゃ呼びづらいかも……」
「なんて名前にする?」
「……トードとか」
「それ、犬の名前をイヌにするのと同じ!」
ラットは眉を顰める。
「じゃあ、ラットは何て名前がいいと思うの?」
「……エリザベスとか……?」
「……ジャイアントトードには似合わない気がするなあ」
僕は首を捻る。
で、ふと傍らを見て、
「ヘルはどんな名前がいいと思う?」
「マジックミラー号」
「え?」
「この怪物を連れ歩く理由。マジックミラーを発動するための怪物なのだから、マジックミラー号と名付ければ齟齬がない」
こうして僕らはマジックミラー号に乗ってエッチなことをすることになった。
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