第20話 優しさに包まれたならきっと
「え?」
僕はヘルの呟きに眉をひそめる。
おかしいって、なんだろう?
ヘルはなにを気にしてるんだ?
だが、
「……ゲコゲコ」
今や、起き上がったジャイアントトードが鳴いた。
こちらを見下ろしてきている。
体高2メールト以上はある大カエルだ。
絶妙に人を主食にしてそうな大きさ。
こんなの前にして、ヘルに真意を聞き返している余裕はなさそう。
「ゲコ」
ジャイアントトードは大きな目玉をグリグリ動かした。
そして、僕を見てピタリと止まる。
完全にロックオンされてるじゃないか……!
僕の隣では、ラットが震えている。
「や、やっぱり、今の内にあたしの服の中に手でも入れておいた方が……」
ドスケベ痴漢プレイへのお誘い。
「大丈夫、きっとわかってくれるよ」
ほんとは入れたかったけどやせ我慢してイケボで応えた。
僕のバカ。
すると、
「ゲコ」
「……うん?」
ジャイアントトードはのっそりと頭を下げてきた。
まるで僕に撫でてもらいたいかのよう。
でも、でかいな。結構な圧なんだけど。
「……ゲコゲコ」
頭を下げながら、じろりと目玉を向けてくる、ジャイアントトード。
撫でろ、と言われているような気がした。
気圧されながら、僕はトードの頭におそるおそる手を触れる。
ぬめっとした肌ざわり。
ひんやりとしている。
触られて、トードは目を半眼にした。
……喜んでる、のか?
ゲロゲロゲロと喉を鳴らしているみたいだ。
「……襲っては来なさそう……?」
ラットがおそるおそるジャイアントトードの様子を窺う。
僕に撫でられるがままになっているトード。
それを見て、ラットは緊張から解放されたらしい。
ふう、と大きく息を吐き。
そして、調子に乗る。
へへ、えへへ、と半笑いを浮かべ、僕と同じようにジャイアントトードの頭を撫で始めた。
「……へへ……大丈夫そう、だね。うわあ、べたべたしてる……」
そうそう、敵意なんかない。
僕らとジャイアントトードは敵同士じゃない。
別に仲良くする必要はないけど、こうやって戦わずに済ますことはできる。
「えへへ、おとなしいね、お前……うぇーい」
ぺちぺち。
頭連打しはじめるラット。
僕は目を見開いていった。
「ちょ、やめてやめて!? 怒られるって!」
「い、いやあ、なんか叩き心地がよくて……手にぺったぺたくっついてくる感じがよくない?」
ラットはいたずらっ子のように笑う。
トードの目は笑ってないんだが。
と、トードは頭を振って、のっそり起き上がる。
なでなでタイムは終了といったところか。
いきなりパクリとはされずに済んだ。
僕はジャイアントトードの態度に胸を撫で下ろす。
それから、見上げた。
「元気になってよかった」
「ゲコ」
僕の言葉が通じているみたいに、ジャイアントトードは鳴き声を上げた。
「本当に助かったよ。お前があのタトゥーの男を倒してくれなかったら、僕、あのままオス奴隷にされてた……」
想像するだけで震えがくる。
ジャイアントトードは、いいってことよ! と言わんばかりにゲコゲコ鳴いた。
「ほんと、危なかったよね。もしもノアがあの男と一線超えちゃってたら……」
僕の隣で、ラットも首を振っている。
「ああいう催眠系の呪いのアイテム、誰も幸せにしないからね。悪用されないように封印しとかなきゃだよ」
「まったくその通り」
僕は心の底から同意し、それから改めてジャイアントトードに向き直った。
「……お前も仲間達が殺されちゃってこれから大変だろうけど……強く生きてくれよな」
「ゲコー」
「……じゃあ、名残惜しいけど……」
「ゲコ?」
ジャイアントトードは首を傾げる。
僕は手を振って別れを告げた。
「ばいばい」
「ゲ、ゲコ―!?」
突然。
ジャイアントトードは叫んで飛び上がった。いきなり尻に火でもつけられたみたいなジャンプ。
と、着地し、ぱっかりと口を開いた。
「え?」
びゅっと撃ち出されるジャイアントトードの舌。
それが、びゅるっと僕の身体に絡みつく。
あっ、と思う間もない。
僕はトードに引き寄せられ、そのままぱっくり。
「わあああああ!?」
なんで!? なんで急にこんなことに!?
そんな素振りなかったやん!?
やっぱりか、やっぱりこうなるのか!?
モンスターに不用意に近づいたらこうなるに決まってる……ってこと……!?
僕のアホ……!
「ひぇ……!」
ラットが腰を抜かしたみたいにうずくまるのが見える。
「に、逃げて! どっかに隠れて……!」
僕は最期の瞬間が訪れる前に、せめてラットだけはと声を張り上げる。
「ゲコ」
「くっ……! 僕を食べるだけじゃ足りないってのか……!? そうはさせないぞ! 死ぬ前にせめて一撃でも……動けない……!」
「ゲコゲコ」
僕は今、ジャイアントトードの口から頭だけ出した状態で丸呑みされている。
みっちりとジャイアントトードの肉に包まれ、手も足も出ない。
出せるのは声だけ。
もうダメだ……。
そのとき、囁かれる静かな声。
「……落ち着いたら?」
どこか呆れたような響きがあった。
「あなたの命はまだ死の女神の元へは返らない」
「……ヘル?」
少し離れた所から僕を見ているヘルの姿。全然慌てた様子がない。
ジャイアントトードが首を傾げた。
「ゲコ?」
「……? あれ? なんで……?」
そういえばこいつ、なんで僕を一気に丸呑みしなかったんだ?
というか、今も僕を頭の先まで飲み込まないでいるのはなんで? 窒息死させないのか? 食べて消化しようとしていない……?
「ゲコゲコ」
「……もしかして、もしかしてだけど、お前……」
僕はジャイアントトードの口の中から問いかける。
「僕を食べたいんじゃなくて……僕と離れたくない、一緒にいたいって言うのか……?」
「ゲコ―」
ジャイアントトードは僕を半分以上飲み込んだまま、コクコクと首を縦に振った。
うわ、僕の頭も一緒に上下してすごい酔いそう。
腰を抜かしていたラットが、僕とジャイアントトードを見上げながら恐々言った。
「うわ……ノア、その……すごく懐かれちゃったね?」
ヨカッタネ? とぎこちない笑み。
今、僕は体中、ジャイアントトードの愛に包まれている。
愛が重かった。
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