第17話 みんな大好き奴隷化アイテム(オス専用)

 僕はタトゥーにがっしり掴まれている。逃げられない。

 はぁはぁとタトゥーの荒い息が後ろ首筋に当たった。


「うわああああ! こ、これ、どうにかしてえ!?」


 恥も外聞もない。僕はおしっこ漏らしそうになりながら、周囲に助けを求める。

 それまで、あわわ、と狼狽えていたラット。

 僕の危機を見て、意を決したようだ。

 ぎゅっ、と下唇を噛み。

 目を逸らして、恥ずかし気に上着の胸元を開ける。


「しょ、しょうがないよね……い、いいよ? 今の内にあたしのおっぱい揉んで……」

「なんで!?」


 大丈夫? おっぱい揉む? みたいなノリ!?

 もしかして、傷ついた僕の心を癒すために自分の身体を犠牲にしようと……!?


「これでマジックミラーを発動して隠れるの!」

「いや、僕が捕まってる状態でマジックミラー発動しても隠れられないし逃げられないのでは……?」


 というかこの状況でエッチな雰囲気にはなれない。

 僕と意見を同じにしたのか、ヘルが冷たい目でラットを見据えた。


「あなたはこの者の胸を揉む必要はない。この者は隙あらば淫蕩な行為をあなたにさせたがるだけ」

「ち、ちがっ……! あたしそんなつもりじゃ……!」


 ヘルはラットの言葉を無視して、今度は僕に虚無の目を向けてきた。


「そもそも、あなたは助けを求めるがそれも不要。なぜなら、あなたの命はまだ死の女神の元へは帰らないから。そう定まっていると先ほども告げたはず」

「いや、命の心配よりも別のことを心配してるんだけど!?」


 このままだとタトゥーと永続効果:一緒という、死ぬよりも辛い地獄が待っている……!

 そのタトゥー、荒い呼吸に血走った目で周りをキョロキョロしていた。

 辺りは崩落した瓦礫の山。


「どこだ……今度はどんな風に殺しに来やがる……?」


 と、ぴしっ、と地面にひびが入る。

 それはまるで蜘蛛の巣のように周囲に、そして僕達の方へ伸びてきた。

 またもや地割れだ!

 瓦礫の重さに脆い床面が耐えきれなかったのか。


「うお!?」


 狼狽えたタトゥーの怯え声。

 だが、地割れは僕らのいる場所までは届かない。

 目の前で、地割れの届いた地面までが崩落し、瓦礫の山を地下に飲み込んでいった。


「……へ、へへ! どうやら俺様の目論見通りだったみてえだな! どうだ!? 死なない奴と一緒なら俺様も死なない! ざまあみろ!」


 タトゥーは雄叫びのように叫び、それからヘルに歯を剥き出して唸った。

 その間も、僕はずっとタトゥーにぴったりじっとり腰を擦り付けられていたわけで、こんな奴とぎゅっぎゅっと肌触れ合わせてるのが嫌なんだよなあああああ!

 それに対するヘルの声は熱がない。


「お前のやっていることは無意味。お前がいかに手放すまいと願おうと、万物はいずれ離れる。その時にお前の命は死の女神の元へ帰るだろう。何者であれ、いずれ命は帰るのだから」

「うるせえ! なに言ってやがる! お前が俺様になにしたのかは知らねえが、とにかくこうしてりゃ俺様は死なねえ! 現に俺様は死んでねえだろうが!」

「お前の命が死の女神の元へ帰る時にまだ今少しの余裕があるというだけの話。喜ぶことでも嘆くことでもない。定めの時が訪れるまで好きに喋るといい」

「なにしようが、いずれ死ぬって言いたいのか? 死ぬのが一瞬でも伸びればその方がいいに決まってんだろ!」


 と、タトゥーは嫌な目つきで僕を見下ろしてきた。


「こいつには死ぬまでつきあってもらう……そうとなりゃ、ワンチャン黒龍に使えればと思って取っといたが、四の五の言ってられねえ……」

「な、なにをする気だ?」


 僕はなぜだか背筋がぞわっとして、聞かずにはいられなかった。

 タトゥーが、汚い犬歯を剥き出して笑う。


「お前をいい気持ちにしてやるよ、クソザコ! おら、これを見な!」


 タトゥーは僕を片手で抱きかかえたまま、もう一方の手で腰のポーチからアイテムを取り出す。

 それは彫像のようだった。

 だが、それは人や動物を象ったものではない。


「これは俺様の部族に伝わる邪神の像だ、ほら、よく見ろ!」


 巨大な眼球に角が生えたようなクリーチャーの像。

 その眼球がぎょろっと動き、僕を覗き込んできた。ような気がした。

 視線が合っている。

 目が離せない。


「こいつの邪眼に魅入られた奴は一切の不平も文句もいわねえ奴隷と化す! オス奴隷にな! 男にしか効かない奴隷化呪物なんで、いつか黒龍に使えるかと思って取っといたんだが、ここで役に立つとはな!」

「……ふぇぇ……」


 なんか頭がフワフワしてきた。

 タトゥーの言葉が夢見心地で聞こえてくる。


「いいか!? お前はこれから俺様のオス奴隷として尽くすんだ。俺様から一生離れるんじゃねえぞ! お前はもう俺様のもんだ!」


 こ、こんなおっさんにオス奴隷として仕えることになるなんて死ぬより最悪では!?

 で、でも、なぜか抗えない……。

 たくましい体……。

 オス臭い体臭……。

 ……この人の傍で一生過ごすことが僕の幸せで正しいこと……。


「……コロ……シテ……コロ……シテ……」


 僕はいつの間にか、故郷に伝わる祈りの言葉を呟いていた。

 と、


「……定めの時よ」


 ヘルが厳かにそう呟くのを、僕はどこか遠くに感じる。


「は? バカか!? 俺様はこのくそザコとこれからずっと一緒なんだぞ? 俺様を死なそうとすればこいつも死ぬんだ! 死神だかなんだかしらねえが、もう俺様には手出しできな……」

「ゲコオオオオオ!」


 人ではない鳴き声がした。

 それと同時に、なにかが風切る音。


「ぼ……っ!?」


 タトゥーの呻き声。

 僕の身体を掴んでいたタトゥーの力が弱まる。

 途端に、僕は意識がはっきりした。


 おえええええええ!?

 なんでこのタトゥーに一瞬でも愛おしさのようなものを感じてたんだ、僕は!?

 きっしょ……!?


 そう思って、僕はタトゥーから身を振りほどこうとした。

 そこでようやく、僕は気付く。

 今まで僕を捕えていたタトゥーの粗暴そうな顔。

 その顔が今、なにかピンクの細長い肉でグルグルに覆われていることに。


「これって、ジャイアントトードの舌……?」


 タトゥーは顔全体を大カエルの舌に巻かれていた。

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