第18話 カエルにヒール
タトゥーは肉の覆面をかぶったようになっている。
ジャイアントトードの舌に吸いつかれ、顔全体を舌で覆われているからだ。
「……! ……!」
肉の覆面の奥でなにか言いたそう。
だが、言葉を発することはない。というか、できないようだ。
なんて、僕がそれらを見てとったのはほんの一瞬で。
次の瞬間。
「うぅわっ!?」
「……っ!?」
僕とタトゥーはすごい力で引っぱられ、視界は暗転した。
ジャイアントトードはその長い舌を使って獲物を絡めとる。
そして、そのまま一気に引き寄せて丸呑みするという。
というわけで。
タトゥーと、そのタトゥーに掴まれていた僕は、ぎゅんっ、とばかりにジャイアントトードのぱっくり開けた口の中に突っ込んでいた。
しかも頭から口の中にイン。
そのせいで目の前は真っ暗。
上下の間隔もわからない。
ヌメヌメした肉壁に全身を圧迫され、動かせるのはわずかに指先くらいか。
ろくに身動きもできない。
声も出せず……というか息ができない……!
「……!」
ジャイアントトードの腹の中、ミチミチと肉に包まれ窒息死。
そしてゆっくり消化されていく……。
そんなのが僕の最期なのか!?
嫌だ!
息が!
苦しい!
出して……!
「……ゲッ……ゲッゴォォォ!」
ジャイアントトードがむせ返り、ゲボッと僕らを吐き出した。
息が……!
助かった……!
僕は、はぁっ! と思いっ切り息を吸い込んで、それから何度も空気の旨さを噛み締める。
一方、ジャイアントトードは、ゲッ……ゲッ……! と尋常でない鳴き声をあげていた。
そして、ぐらりと揺れたかと思うと、腹からべちゃりと倒れ込んだ。
「……なんだ……? ……どうなった……?」
僕は状況を把握しようと周囲を見回す。
まず、ヘルが目に入った。
こちらに駆けよるでもなく、虚無のような瞳で僕を見ている。
「も、もしかして、ヘルが助けてくれた?」
僕は突っ伏したジャイアントトードに目をやりながら問いかけた。
ヘルがこれを倒してくれたのか……?
ヘルは静かに応える。
「わたしはなにも。この怪物の命が尽きようとしているのは、そういう定めだったからに過ぎない」
「そ、そうなの?」
……一つ確かなことは、ヘルに僕のことを心配している様子がまったく窺えないことだ。
僕が死なないと確信しているのか、別に死んでも関係ないと思っているのか……。
それに比べて、ラットは……あれ? ラットは?
僕はキョロキョロと見回す。
姿が見えない。
と、思ったら、瓦礫の山の陰からひょっこり顔を出した。
「そ、そいつ……もう動かない……?」
僕がジャイアントトードに喰われた瞬間、身を隠していたらしい。
……僕が食べられてた間、隠れてたんか……。
いや、まあ、元々ラットはそういう隠れ身だけで生きてきたわけだから、危険に際して生き残りを最優先するのは当然なんだけど。
「あの……無事でよかったね、へへ……」
ラットはおどおどと笑いかけてくる。
なんか後ろめたそう。
……でも、これは僕だって同じ経験がある。
ロインと一緒に冒険してるとき、僕もこんな笑顔を浮かべてたかも……。
あんな奴に……。
……そんな後悔を振り払うためにも、前を向くためにも、僕は黒龍を倒さなきゃならない……!
ラットやヘルの力を借りて、やらなきゃならないんだ。
「ラットこそ無事でよかった」
「……! 怒ってないの?」
「怒る? どうして?」
「……あたし、戦う力はほとんどないから、こういうとき隠れてるしかなくて。そうすると、大体みんな不機嫌になるんだ。薄情だとか自分だけ楽してとか……」
「そんなの僕だって同じだから。戦えないなら逃げるなり隠れるなり、生き残るのを最優先にしなきゃ。……誰か1人でも生き残れば、助けを呼べるかもしれないし」
「……そっか」
そうして僕は、ジャイアントトードに目を向けた。
ヘルがやったんじゃないなら、どうして倒れたんだ?
と、見てみれば、そのトード、腹部に大きな傷を負っていたようだった。
それで僕は思い出す。
タトゥーたちが僕たちを見つける前に、雑魚狩りと称してやっていたジャイアントトード討伐。
こいつはあの時深手を負った生き残りだったらしい。
傷を負って倒れ、そこからタトゥーたちに反撃・復讐するチャンスを窺っていたのか。
そして、今、反撃を成し遂げ、力尽きたということだろう。
僕と一緒にジャイアントトードから吐き出されていたタトゥーは倒れたまま、ピクリとも動いていない。
顔面をトードの舌で締め付けられ、更に無理に引き寄せられたからだろう。
首が曲がっちゃいけない方向を向いていた。
「3つ目」
ヘルが静かに呟くのが聞こえる。
僕も独り言のように言った。
「……このジャイアントトードのお陰で助かったってことかな……」
「そして、その怪物が4つ目になる」
「え?」
よく見ると、ジャイアントトードの腹が僅かに動いている。
呼吸が止まっていない。
「こいつ、まだ死んでないの?」
「すぐに死の女神の元へ帰る」
そう聞いて。
僕は咄嗟に口走ってしまった。
「急いでヒールをかければまだ助かる……!」
ヘルの眼差しが、すっ、と細くなった。
そして、首を振る。
「無駄。この怪物の命はここで死の女神の元へ帰ると定まっている。あなたのヒールでは癒せない」
「そんな……」
「なぜ?」
「え? なぜって、なにが?」
「あなたはなぜ、この怪物の命を盗もうとする? なにか目的があるの?」
ヘルに問われて、僕は口ごもる。
「……い、いや、目的とかそんなんじゃ……ただ、あのままだったら死よりも辛い奴隷生活を送るところだった僕を救ってくれた恩があるし……そんな恩のある相手に目の前で死なれたら嫌な気持ちになるから……」
「この怪物はあなたを丸呑みした。なのに、恩がある?」
「あれは僕が巻き込まれたんだし、結局吐き出してくれたし……」
ヘルは再び首を横に振る。
「この怪物はあなたを助けようとして、この男を襲ったわけではない。たまたま、巡り合わせ。巡り合わせが違えば、この怪物はあなたを阻む敵として立ちはだかったはず。そのような怪物の命をなぜ死の女神から盗むの?」
「……僕がこのジャイアントトードを助けたいと思うのも、そういう巡り合わせなんだと思うよ。たまたま、縁。それでいいんじゃない? ……僕がヘルと今、一緒にいられるのもそういう巡り合わせってもんなんだろうし」
ヘルは黙り込んだ。
僕をじっと見つめる。
そして、ようやく口を開いた。
「……あなたの好きにすればいい。でも、あなたのヒールは無意味」
「? どういうこと?」
「やってみればわかる」
ヘルは熱の無い声で呟いた。
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