第16話 一生一緒にいるってあなた約束したじゃない
ヘルの大鎌が金髪ロン毛に振るわれたのを見て、タトゥーの冒険者が声を荒げた。
「てめえ! やりやがったな!?」
しかし、斬られた当の本人である金髪ロン毛は目をぱちくりするばかり。
「ん? あれ? 今なんかした?」
「おい、大丈夫なのかよ? 斬られたんじゃねえのか?」
「いや、全然? 効いてねえんだけど? あれあれえ? クールちゃん、ちょっとカッコつけたかったのかなあ? 強そうなでっかい鎌でちゅもんねえ?」
金髪ロン毛は自らの無傷をアピールすると、早速ヘルを煽り始めた。
それを見て、モヒカンも笑いだす。
「なんだ楽しそうじゃねえか! 俺も混ぜろよ!」
と、モヒカンはヘルの大鎌に手を出す。
「なんだオモチャか、これ? 変な刃だな? うわー、俺も斬られちゃったー、ママ! ママ! タスケテ―! 血が出ちゃうよ~」
モヒカンは大鎌の黒い刃に指を走らせ、その無傷の指をヘルの目の前に突きつける。
それ見て金髪ロン毛も大笑い。
壁に手をついて腹を抱えている。
それに対し、ヘルは淡々と告げた。
「嘆くことない。すぐ終わる」
「はあ? なにが終わるって?」
モヒカンがそう問いかけるのと、金髪ロン毛が倒れるのは同時だった。
どさっ、と頭から地面に倒れ込む金髪ロン毛。
ピクリとも動かない。
「おい、なにやってやがる。足でも滑らせたのか?」
「え……いや、ちょっと待て、こいつ……」
タトゥーが吠え、モヒカンが急いでひざまずく。
「……なんだあ!? 息してねえぞ!?」
「まずは1つ」
ヘルが命をカウントする。
と、タトゥーが僕の胸ぐらをつかみ、引き上げるように立ち上がらせた。
臭い息を吐く口が間近に迫る。
「おい! お前らがなにかやったのか!? なにしやがった!?」
「わ、わからないよ」
僕は正直なところを述べた。
と、そんな僕の目の前にあるタトゥーの喉元、そこに黒い刃が、ひた、と当てられる。
大鎌を下から上に構えたヘルが、いつのまにかタトゥーの背後に回っていた。
「お前は3つめ」
「なにい!?」
しゅっ、と大鎌が引かれる。
黒い刃がタトゥーの首を刈るようにスライドした。
「うお!? お?」
僕を放り出し、慌てて首筋を抑えるタトゥー。
だが、すぐに戸惑いの声を上げる。
「……なんともねえ……?」
「おい、わかったぞ! こいつ、ガスを吸いやがった!」
モヒカンが金髪ロン毛の傍に屈みながら喚く。
「ここら辺、ひどく脆くなってやがる! 見ろよ、こいつがさっき手を当てた壁が崩れてるだろ? そこから噴き出たなんか悪いガスを吸ったみてえだ!」
「命に必要なものを含まない空気を吸うと人は一瞬で意識を失い、その命は死の女神の元へと旅立つ」
ヘルはモヒカンの方を見ながら言う。
「そして、お前が言うようにそこはひどく脆い」
途端に、モヒカンの足元が崩落した。
一瞬で、モヒカンと金髪ロン毛の姿が見えなくなる。
残ったのは、ぽっかり空いた黒い穴1つ。
「これで2つ」
「な、なんだ!? なにが起こってやがる!?」
タトゥーは目を見張りながら、きょろきょろと落ち着かない。
「地面が崩れ落ちるとか、土系の魔法か!? でも、誰がどこから……無詠唱術者でもいるのか!? くそっ! 出てこい!」
そして、崩落でできた穴に向かって叫ぶ。
「し、死んだのか? なあ、おい! 返事しろや!」
「嘆くことはないと言った」
ヘルは落ち着いた声で諭した。
穴の底から返事はない。
タトゥーは顔を歪める。
「わ、訳が分からねえ……! てめえ、な、なにをしやがったんだ!?」
「私は何もしていない。ただ、もともとこれは決められていたことで、今それが起きた。それだけのこと」
「や、やめろ! こ、こいつを殺すぞ!」
と、タトゥーは再び僕を引っ掴んだ。喉を掴まれる。
ぐっと押さえられて、息が詰まった。
「仲間を殺されたくなきゃ、やめろ! 俺様はバーバリアンだ。素手だって簡単に人を殺せるんだぞ!」
ヘルの目が、すっ、と細められた。
「お前の行為に意味はない。私がお前に何かをするわけではないのだから。私にやめろと要求しても私は最初から何もしていない」
「ああ!? じゃあ、俺様の仲間達は誰が殺したんだよ!?」
「そのような定めだっただけ」
「ふ、ふざけるな!」
「そして、お前の命が死の女神の元へ帰るのもまた決められていることだ」
ヘルの言葉はゆるぎない。
そこには、なんの恩情も気持ちも籠っているようには感じられなかった。
タトゥーは歯軋りする。
それから、底意地の悪い目つきになった。
「……へ! ああ、そうかよ! なら、こいつも殺して道連れにしてやるよ、くそったれがあ!」
「……か……っ!」
僕は喉を絞められ、変な息を漏らしてしまう。
視界が赤く、狭まった。
苦しい。
うわんうわんと耳鳴りがする中、ぼんやりと声が聞こえる。
「……それも無意味だ……ノアの命はまだ死の女神の元へ帰る時ではない……それも決まっていること……」
「……試してやるよ、くそが……!」
「……そこはひどく脆いと言った……」
と、僕の頭の中に響いてくる、ミシミシと軋む音。
僕の首の骨の音? かと思ったら違った。
「おわっ!?」
タトゥーの叫びと共に、僕は急に苦しさから解放されていた。
僕の首からタトゥーの手が離れている。
それもそのはず。
僕らの周囲でダンジョンの壁がガラガラと音立てて崩れ始めたのだ。
「……ひっ!」
タトゥーは降りかかる瓦礫を防ごうと両手で頭を抱えている。
僕はせき込みうずくまり、
「危ない!」
と、ラットが僕に付き添うように体を預けてきた。
轟音と共に、壁が落ちる。
落盤事故だ。
一瞬の後、静寂が戻った。
「こ、こりゃあ……」
タトゥーが呟く。
僕も辺りを見回して、こりゃあ……と言いたくなった。
というのも、辺りは瓦礫で埋まっていたからだ。
それも僕らがいる場所だけはまるで避けるかのように。
ぽっかりと、僕らのいる場所だけが無傷。
「まだノアの命は死の女神の元へ帰る時ではない。そう言った」
ヘルもまた、平然と立っていた。
「た、助かった……? ……っ! てことは……!」
タトゥーがギラリと目を光らせた。
僕を再度掴み上げる。
タトゥーは汚い歯を剥き出しにして言った。
「つまりこいつは死なねえんだな!? じゃあ、こいつと一緒にいりゃあ俺様も……!」
タトゥーは僕の顔を覗き込むようにして凄んだ。
「おい! てめえにはこれから俺様と一緒にいてもらうぜ。一生一緒だ! 俺様が飯食う時もクソひり出すときも女を抱くときもずっと一緒にいてもらう!」
「ひぇ」
「おら! 俺から離れるんじゃねえぞ! もっとぴったりくっつかねえか! こっちは命がかかってんだ! 遊びや冗談じゃねえんだぞ! もっとケツをこっちに向けてくっつけろ!」
「いやだあああああ! たすけてええええ!」
僕は心の底からそう言った。
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