第15話 死神だって無駄な努力をすることはある
体中にタトゥーを入れた粗暴そうな男が、陰険な目つきで僕たちを睨みつけてくる。
「……女2人連れてハーレムか? ち、けったくそ悪りぃ」
「はっは、まあ、いいじゃねえか。おたのしみが増えたと思えばよお」
派手なモヒカン頭がニヤニヤし、
「かぁわいいねぇ~? クール系と地味子ちゃん、俺はどっちもいけるぜぇ?」
金髪ロン毛にアクセサリーちゃらちゃらさせてる冒険者が舌なめずりする。
全員黒々と日焼けした肌。
柄の悪い3人組だ。
どうするんだよ、こんなの?
と、僕はヘルに目で訴えかけた。
ヘルは平然としたもの。
「あの者達の背後を見て。私達のために、怪物達を排除させる程度の力はある」
柄悪3人組の背後には、モンスターの死体がゴロゴロ転がっていた。
ぬめっとした肌に巨大な口、長い舌。
恐らく大カエル、ジャイアントトード達だ。
敵を舌でからめとって拘束し、丸のみしてくるモンスター。
腹の中に何人もの冒険者を飲み込んで、ゆっくり生きたまま消化していく。
丸吞みされた冒険者の中には、腹の中で生きたまま巣に持って帰られ、子供達(ジャイアントおたま)のエサにされた者もいると聞いたことがある。
その太ましい後ろ足から繰り出されるかなりの跳躍力で一気に近付いてきたり、逆に一撃離脱していくのも得意な難敵だ。
初心者冒険者パーティにとっては1匹でも強敵だろう。
なのに、こいつらは鳴いて仲間を呼ぶ。
卑怯。
しかし、そうやって呼び集められたであろうジャイアントトードの群れを死体の山に変え、怪我もなく平然としている柄悪3人組。
少なくとも中堅パーティくらいの実力はあると見た。
わざと仲間を呼ばせて、ジャイアントトードで経験値稼ぎをしていたようだ。
第1階層のザコモンスターを狩ってレベル上げをしていたのだろう。
言ってみれば、自分達が安全に勝てる相手だけを狙ってのレベル上げ。効率は悪くても安全第一というところか、それとも単に弱いものいじめが好きなだけかもしれない。
「……いやあ、それにしてもザコ潰すの楽しくって時間経つのも忘れちまったぜぇ」
「今回新記録じゃね? 100匹は殺ったろ?」
モヒカン冒険者は、いい汗かいたと言わんばかり。
金髪ロン毛の冒険者に至っては、アピールするみたいに討伐数をわざわざ口に出して、こっちをチラチラ。特にヘルへ舐めるような視線を送ってくる。
弱い者いじめ好きそう。
「で、お前ら、なんか俺様達を呼びつけやがったか? この俺様達を?」
タトゥーの冒険者は凄んでみせた。
唇を歪め、ギロリと睨みつけてくる。
「そう。呼んであげた」
ヘルは全く動じない。
自分の言いたいことだけを告げる。
「お前達に果たすべき義務を課してあげる。私達の盾となり、黒龍の元まで供をして」
「は? ……いや、待て。寝ぼけてんのか? そんなことして俺様達に何の得があるってんだよ?」
「お前達の命を、私が直々に死の女神の元へ送り届ける名誉を賜る。お前達にとっては、より良い死」
ありがたく思え。
そんなニュアンスを含んだ言い方に、タトゥー冒険者のこめかみに青筋が浮かぶ。
「低レベルのザコパーティがイキってんじゃねえぞ……! わけのわからねえこと抜かしやがって……!」
「まあまあ、待てよ」
金髪ロン毛がにやけ面で仲間を制する。
それから、ヘルに向かって首を傾げて見せた。
「ええっと、つまり俺達に護衛してほしいってことじゃん? ねえ? クールな美少女ちゃん?」
「その理解で正しい」
「でもさあ? だったら、頼みごとをする態度ってもんがあるんじゃね?」
金髪ロン毛は湿った笑みを浮かべる。
ヘルは眉一つ動かさない。
「私がお前達に取るべき態度とはどのようなものか。具体例を示せ」
「まずは頭を下げなきゃ」
「やってみよう」
ヘルは獲物を窺う肉食獣のように、すうっと姿勢を低く、頭を下げて見せた。
重心が下に、いつでも飛び掛かれる態勢。
ついでに、いつのまにか黒い刃の大鎌まで手に構えてしまっている。
……殺す気では?
「ああ、違う違うって。クールちゃん、野育ち? 笑かしてくれんじゃん。でも、頭の下げ方も知らないんじゃこれから冒険者として苦労しちゃうよ~? 俺が教えてやろっか? 頭の下げ方?」
「それをすれば、お前達は私達の盾となるわけか」
「クールちゃんみたいな綺麗な子に頭下げられたら、なんでも言うこと聞いちゃう聞いちゃう!」
「ならば教えるといい」
「へへ、じゃあ、教えてる間、動いちゃダメだぜえ?」
言うや否や、金髪ロン毛はヘルの身体に手を這わせ始める。
「ほら、もっと腰を低く、もっともっと!」
ぐりぐりとヘルのお尻を撫でまわす金髪ロン毛。
指を立てている。
「突っ立ってるだけじゃいつまでたっても終わんねえぞ! ご主人様に許しを乞うように、頭を垂れるんだよ! そんで負け犬みたいな笑い顔しろ! ご主人様にご奉仕しますからお願いしますって感じでえ!」
ヘルは無言だ。
ただ、為されるがまま腰を低くした。
金髪ロン毛の興奮した声。
「だぁかぁらぁ! 笑えって、卑屈な感じで! 怯えと媚びでビクビクした笑顔を見せろよ! そんなこともできねぇのぉ!?」
「ちょっと!」
僕はさすがに声を上げていた。
「ヘルになにしてるんだ! ヘルもそんな奴の言いなりになることないんだよ!?」
「おい、女の前だからってかっこつけんなよ兄ちゃん」
僕はぐっと肩を掴まれる。
それから、すごい力で引っ張られた。
体が半回転し、転びそうに足がふらつく。
と、僕の肩に手をかけたタトゥーの冒険者が、のしかかるように顔を近づけてくるのが見えた。
顔に当たる臭い息で鼻が曲がりそう。
「黙って見とけって」
「こんな無法を黙ってみてられるわけ……」
「……お前、回復術師だな? ヒョロガリがイキんなよ。お前みたいな戦闘力ゴミカス職がバーバリアンの俺様に敵うとでも思ってんのか?」
その一方で、ヘルは金髪ロン毛にいいように触られている。
「ったく、顔の筋肉が死んでんのかあ? ……へへ、じゃあ、その顔、どうしてもアヘ顔にしてやりたくなっちゃうなあ?」
と、金髪ロン毛はヘルのマントの隙間から手をズボズボと差し込みはじめ、
「……! へっへっへ、クールちゃん、あんま胸無いねえ? こっちも俺が教えてやるぜ?」
なにかを見つけたような下卑た笑みを浮かべて見せた。
僕は叫ぶ。
「い、いい加減にし……!」
ゴッ。
鈍い音と衝撃。
僕はひっくり返った。
じんじんと痛みが頬に広がる。
タトゥーの冒険者がごつい拳を握り締め、僕を見下ろしていた。
「黙ってろって言ったよな? 雑魚が」
「ノア! 大丈夫!?」
ラットが屈みこみ、僕を支えてくれようとした。
その姿を見て、モヒカンが嘲る。
「おいおい、お前、知ってるぜ。人前でドエロなことをしたがる変態女だよな?」
「ち、違……あたし、そんなことしたくは……」
「エロいことしても見つからなくなるスキル持ってるんだろ? いいじゃねえか。なあ、俺達にもスキル使ってくれよ。けっ、誰にも見つからずにエロいことしたがるド変態女が」
モヒカンはラットに唾を吐いた。
と、その時だ。
地の底から響くような声が漏れてきたのは。
「……なんだ。お前達はそういう定めだったの」
ヘルだった。
ヘルは最早腰を低くも、頭を下げてもいない。
「お前達は、この場で死の女神の元へ命を返す定めだった、と。せっかく私達の盾とするべく頭の下げ方を習っていたのに、無益なことをしてしまった」
ヘルは仁王立ちしていた。
手には大鎌。
「あれえ? どうしたどうした? なに? 急に怒っちゃった? そんな怒んないでよ」
金髪ロン毛がへらへらと話しかける。
「クールちゃんは怒った顔よりも、きっと情けなく笑う方が似合ってるって」
「私に怒りはない。なにをされようが死の女神の使徒には怒りも喜びもない」
「じゃ、なんでクールちゃん、急にイキりだしちゃったのかなあ?」
「私は関係ない。単にお前達の命が死の女神の元へ帰る時が来た。ただそれだけのこと」
その言葉が終わるや否や。
「えう?」
金髪ロン毛の身体に、大鎌の黒い刃がすっと切り込まれていた。
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