第8話 死神は自らの職務に忠実なるを良しとする
僕は酒場のカウンター席へと向かう。
そこに腰かけて身じろぎもしないで固まっている女の子に話しかけた。
「ちょっといいかな?」
「……えっ!?」
彼女は最初僕の声が聞こえていないみたいだったけど、ようやく気が付いたようだ。
「もしかして、あたしに話しかけてるの!?」
「そうだけど……」
「なんであたしのことわかるの!? あたしのこと気付くなんて……」
「そりゃあまあ、
「回復術師……ああ! この前、あたしを野良で回復してくれた人……!」
「思い出してくれた? 君、確か名前は……」
「ラ、ラットだよ。あなたはノア、だったよね? ……わあ、こんなことあるんだ……冒険者ギルドの酒場で顔見知りに声をかけられるなんて、そんなイベント……」
「イベント? いや、よくあることだと思うけど……それよりちょっと話があるんだけど、いいかな?」
ラットはびくついた顔になる。
「か、カツアゲ!? や、やっぱりよくないイベントだった……! あたし、お金持ってないから狙うならべ、別の人にした方が」
「いや、そんなことしないし!」
ギルドの酒場で恐喝とか治安悪いな!?
そう聞いてラットは、ぽっと頬を赤らめる。
「お金じゃないなら……え? もしかして、一目ぼれしたとかそういう乙女イベント!? そんなラブなことが本当に!? い、いやあ、参っちゃうなあ。急に言われても困るっていうか、まずはよくお互いのこと知ってからじゃないと付き合うとかできない……」
「仕事の話、なんだけど……」
なんか話の腰を折るようで申し訳ないけど僕がそういうと、ラットは目をぱちぱちした。
「……し……ごと……?」
なんでそんな不思議そうな顔をするのか。
初めて聞いた、みたいな顔。
「あれ、ラットって盗賊……だよね? 違う? この前、ヒールかけた時そう言ってくれてたと思うんだけど……」
ダンジョンでケガをしてたラットを見つけた時、『あたしみたいなザコ盗賊にわざわざヒールかけてくれるなんてボランティアの人?』とか言ってたはずなんだけど……。
「えっと……あたし最底辺の盗賊職だけど……そんなのに仕事の依頼……?」
「もしかして、仕事嫌い?」
「いや、そうじゃなくて……何かの間違いでは?」
そこで僕の後ろから、ヘルがずいっと割り込んできた。
「これは何者? あなたはなんの意図があってこの者に声をかけた?」
「わ、びっくりしたぁ……な、なんかきれいだけど怖い子きたぁ……」
ラットは身をを縮こまらせながら呟く。
ヘルはそれを虚無のような瞳で捕えつつ、僕に話せと顎で促す。
「この子はラット。ダンジョンに潜る冒険者の中でも罠避けとか偵察を務める盗賊職の子だよ。身を隠すのが得意で、確か地下10階まで行ったことあるんだよね? それもソロで」
「地下10階。あなたが名を告げた黒龍の住まう場所か」
わずかばかり興味を惹かれたのか、ヘルの声の調子が上がった。
「へ?」
ラットは一瞬、間の抜けた声を上げたが、すぐに、あーあー、と頷き出す。
「あ、ああ、あのことね。確かにそんなことノアに話したっけ。……そ、そうだよ? あたし、1人で地下10階まで潜ったことあるんだわ。誰にも見つからないでね! すごくない? 好きになっちゃったかな?」
「その腕を見込んでお願いしたいんだよ。僕らを地下10階まで連れてって欲しいんだ」
「うん。……うん?」
ラットは首を傾げて見せた。
「えっと、なんでわざわざ地下10階に?」
「そりゃ、僕らでダンジョンのラスボス、黒龍を討伐するためだよ」
「……ラスボスを、倒す……?」
「また、初めて聞いたみたいな顔してる」
「いや、黒龍ってダンジョンができてから一度も倒されていない怪物でしょ? それを倒す……あのぉ、誰かすごい高レベル冒険者が一緒に行くの? 暁の暁剣とか黄金の金剛石とかそういう大手の有名なパーティーが?」
「いや、僕とこっちのヘルの2人で倒すよ」
「盗まれた命の代わりに黒龍の命を死の女神の元へ返す。それは正しいことだ」
ヘルも乗り気に見える。
だが、ラットはそうではないようだ。
「……ええ~? ノアは、ただの回復術師だったよね? えっと、じゃあ、そっちのちょっと怖い感じの人はなにしてる人なの? 黒マントってことは魔術使かなにか?」
「死の女神の使いだ」
「うん……うん?」
ラットは理解が追い付いていないようだったので、僕が噛み砕いて説明する。
「ヘルは死神だよ」
「……ああ、そういう設定のイタイ子……」
ラットは理解が及んだようだ。納得した様子。
そして、なんだか説教めいたことを口にしだす。
「……あのね、地下10階層はマジで地獄だよ。罠とかモンスターだけじゃない。ダンジョンの環境が地獄なの。高熱のエリアかと思えば極寒のエリアに繋がり、空気だって魔界の空気に汚染されてたりする。一面光り輝いて目を潰してくるエリアとか地獄のような音楽が鳴り響いていて吐き気やめまいを引き起こすダンスホールもある。そんなところへ中2病の子達がイキって入り込んだって死ぬだけだよ! バカなこと考えるのやめときなよ」
そんな恐ろしいところなのか。
地下10階層って。
「……そんな場所に1人で行って帰ってきたラットってやっぱりすごいんだね」
「へ? あ、うん、そ、そうだよ? すごいんだよ? どう、今度からあたしのこと頼りにしてラット先輩って呼んでくれてもいいんだけど……?」
「つまり、あなたがいれば地下10階層に行ってもノアは無事でいられるということでいいか」
ラットの言葉を断ち切るように、ヘルがラットにそう問いかけた。
ラットはヘルにまっすぐ見つめられて、引け目でもあるかのように目を逸らした。
「い、いやぁ、あたしだってモンスターに気付かれないように隠密行動しながら行っただけで……無事に連れて行けるかどうかは……そもそもわたし、全然戦ったりはしないし大したことはできない、かなぁ……?」
そう呟くラットは、見た目地味な格好をしている。隠密行動を得意とする盗賊職にありがちな格好だ。黒髪で顔立ちも地味。でも、かわいいと思う。ただ、それを目立たせないように努力しているのだろう。
ここまで徹底しているからこそ、普段も人から声をかけられにくくなるよう擬態できているのだ。隠密だけでダンジョンを突破するくらい当然か。
「……ん? そういえば、第8階層とか第9階層はどうしたの?」
僕はふと疑問を抱いてラットに聞いた。
ラットはほけっとした顔で、
「え? 第8階層? どうしたのって、なにが?」
「第8、第9階層にはフロアボスがいて、それを倒さないとその下の階層には行けないんじゃなかった? それに第7階層のトラップダンジョンとかは? モンスターだけじゃなく、無数の罠や謎解きを突破しないとクリアできないって聞いたよ? それも突破して第10階層まで行ったんだよね?」
「へぇ? ……そこは、その……ユニークスキルを発動させるとか……」
「え、ラットってなんか特殊なスキルが使えるの? それはどんな?」
僕は興味を惹かれて問い直す。
が、ラットは突然、頭を振った。
「な、なんでもない! なんていうか、とにかく、あたしなら地下10階層まで余裕で行けるってこと! それは間違いないから! あたしって頼りになるね!」
「じゃあ、やっぱりお願いして正解だったね」
僕は安堵する。
「僕らを地下10階層の黒龍のいる場所まで連れて行って欲しい。途中でモンスターと戦ったりすることなく、ね。ラットならそういうの回避して行けるんでしょ? なにか秘密の抜け穴とか使って? 頼むよ、助けると思って……」
「い、いやぁ、連れては行けるけど、でも、さっきも言ったように地下10階層は地獄だし黒龍は最強の怪物だし、行かない方がいいんじゃないかなぁ? うん、やめときなよ?」
「黒龍の命を代わりに差し出すとノアが選んだ。それは果たされなければならない」
ヘルがラットを真心こめて説得する。
いつのまにか右手に黒い刃の大鎌を手にしていた。
「あなたは死の女神の定めに異を唱えるのか?」
「へ? あの……?」
「ノア。わたしにこの者の名を告げるといい。盗まれた命の代わりは黒龍でなくても務まる」
「な、なんかよくわかんないけど不穏なこと言うのやめてくれる……? おしっこ漏れちゃうんで……」
ラットは両手を上げて降参して見せた。
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