第7話 死神は、死神には感情がない、という
ベリージュース、気に入ってくれたみたいでよかった。
くぴくぴと、子供のようにちょっとずつ口に含んでは飲んでいくヘルを見て、僕はそう思う。
一気にがばっと飲み干したりしない。
大事に飲んでる。
そんなヘルの様子を改めて見ているとその外見も相まって、ヘルはやっぱり女の子なんだな、って感じた。
それもどこか神秘的で綺麗な。
銀の髪なんか、まるでこの世のものじゃないみたいな輝きで……魔法的なものに惹かれる魔術師やエルフなんかはガン見してきそう。
それで、僕はちょっとマズいことに思い当たる。
「じゃあ、飲みながら聞いて。ロインは僕が無事なのを知ったら、また僕を狙って何かしてくると思うんだ」
「……あなたはロインが怖い?」
「……悔しいけど。またさっきみたいな目に遭うのは嫌だし、途中で邪魔されるのも困る。だから、僕らは姿を隠して、こっそり黒龍を倒さなきゃならない」
ヘルはベリージュースの方がお気に入りみたいだ。
僕を見ないで、ジュースのカップに目を落としている。
「そうしたいのなら、あなたのしたいようにするといい。あなたに命を盗まれたわたしは、あなたについていくだけ」
「……でも、ヘルって目立つんだよね」
ヘルは手にしたジュースのカップから、僕に視線を移してきた。
そして咎めるように、
「死の女神の使徒は目立たない。そういうもの」
「いや、普通、かわいい女の子はそれだけで目立つし、ヘルはその上なんかその綺麗な銀髪がすごく人目を惹くっていうか……雰囲気があるんだよ」
「……」
ヘルは無言で一旦目を見開き、それから、すっ、と目線を落とした。
そのまま僕を見ないで口を開く。
「……あなたはわたしを見ているの?」
「うん? えーと、見てるね。見えてるよ?」
「わたしはあなたの目を惹いているの? あなたは、わたしだけを見てしまう、と?」
あれ? なんかいろんな人の目を惹いて目立っちゃうっていう話が、僕の話になってる? しかもなんか……僕、変なこと言っちゃったか? なんか恥ずかしいんだが?
「あ、その……う、うん、目立つっていうのはそういうことだしね」
「……そう」
ヘルは一向に僕を見ない。
俯いたまま。
ベリージュースのカップを覗き込んだまま。
ただ……なんか耳が赤くなってる。
「あー……や、やっぱり、そのジュース、身体にいいんだよ! 血行が良くなって、体中に血が行き渡るのを感じるでしょ?」
僕は、なにか喋らないと、という切迫感から、すごくどうでもいいことを口にした。
ヘルは顔を上げ、細めた目を僕に向ける。
「……よくない」
「え!? あ、あれ? ベリージュース、身体によくない? そんなはずは……もしかしてナルコベリー混ざってて眠くなっちゃった?」
「死の女神の使徒にとって、それはよくない。あなたの目がわたしに惹かれること。わたしを見てしまうこと。わたしが目立つのはおかしい」
「あ、ああ、そういうことか」
つまり、あんまりじろじろ見るなってことか。
ヘルは虚空を見つめるような眼差しで、言葉を続ける。
「この世の者はわたしを意識しない。意識できない。死の女神の使徒は誰にも知られず、命を冥界へと送る。そうあるべきなの」
そ、そうだよな……ヘルを、というか死神を意識しちゃうとかおかしい。変な
「ご、ごめん。変な目で見られて、嫌だったよね」
「……嫌……嫌じゃないけど……」
「ん?」
僕が問い直すように首を傾げると、ヘルは鋭い視線で僕を刺す。
「嫌じゃないし、当然嬉しくもない。それは当たり前。なぜなら、死の女神の使徒には怒りも喜びもないから。羞恥も驕りもない。ヘルは、ヘルの子供達は、そのような思いに囚われることがないの。この世に関わるのに感情は必要ないから。だから、あなたがわたしのことを見ていようと嫌ではないし、嬉しくもなんともない。どうでもいいもの。あなたの好きにすればいい。わたしはそれで昂ったりしない。わたしは、ただ、平坦であること。それが正しい。そうでなくてはならない」
一気に捲し立ててきた。早口で。
なんかわからないけど、ヘルの心情的に微妙なところに触れてしまったみたいだ。
「うん、わかった。この話、とりあえず置いておこう。とにかく、僕らはしばらく目立たないようにしながら黒龍を倒しに行くってことだけは覚えておいて」
「……覚えておく」
ヘルは短く答える。
……でも、実際、こうしているだけでヘルは人目を惹いちゃうわけだし……。
ギルド酒場の何人かが肘で隣をつつきながら、ヘルの方をチラ見し始めていた。
そして、うひょー、とか、可憐だ……とか雑多な声。
人目があるからロインからの闇討ちを回避できるけど、人目があるからロインに僕らが無事であることを知られてしまう可能性が高まる。
困ったな。
「……これは、早いところダンジョンに潜って地下10階層の黒龍を倒した方がいいかも……」
「そう。あなたは早くわたしを黒龍の元へ連れて行き、黒龍の命を死の女神へ送るべき」
ヘルも周りから好奇の目で見られるのにうんざりし始めたのかもしれない。
それとも一刻も早く盗まれた命の代わりが欲しくなったのか。
ダンジョン攻略に前向きに見える。
「まあ、そうなんだけど……でも、黒龍のところまで誰にも、徘徊するモンスター達にも気づかれずに近付かなきゃならないわけでね……」
「では、どうする?」
僕はギルド酒場の中を見回す。
……いないようだ。
やっぱり、一瞥しただけじゃ見つけられない。
なら、仕方ない。
やってみるか。
「ちょっと心当たりはあるんだけど……その子を見つけられるかどうかが問題なんだよね」
「その子?」
僕はヒールをかけようと精神を集中する。
すると、ヒール回復対象者がどこにいて、対象者がどれだけ体力を消耗しているか、おぼろげながら察知できた。酒場中の冒険者達の位置がなんとなくわかる。
それで、
「……いた!」
僕は酒場のカウンターの方に目を向けた。
丁度今酒場に入ってきたばかりのようだ。
「あの……」
カウンターの前で、酒場の主人へ話しかけている女の子がいる。
真っ赤な髪に真っピンクのレザーを着ている子だ。
「あにょ……」
消え入りそうな声。
だが、酒場の主人には全く聞こえていないようだ。
他の常連に向かって大声でエールのお替りを呼びかけている。
女の子は挙げかけた手をしおしおと下ろし、カウンター席に腰かけた。
1人ぽつんと。
その様子を見つめていたヘルが、僕に向き直る。
「あの子がどうしたの?」
「あの子こそ、僕たちを黒龍の元へ誰にも気づかれずに連れて行ってくれるかもしれない子だよ」
僕はカウンター席で誰にも気づかれず、じっと座っているその子を見てそう言った。
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