第6話 死神の好物

「……僕をならず者たちに襲わせたのは、ロインだと思うんだ」


 冒険者ギルドの酒場で、僕たちは向かい合って座っていた。

 ヘルに話しかけながら、僕は今となってはムカつく顔を思い浮かべる。

 あんなのを友達だと思ってたなんて。


「ロイン」


 ヘルは短く名前繰り返す。

 ならず者たちの襲撃の後、僕らはすぐにギルド酒場へ駈け込んでいた。

 人目のあるところにいれば、闇討ちされたり攫われたりする危険性はいくらか減る。そう思ったからだ。

 もっとも、ヘルはそんなことにも興味無さそうだった。いや、すべてのことに無頓着なのか。

 目の前にあるベリージュースの入ったカップにも手を付けていない。

 健康にいいし抗ブラインド(盲目)作用もあって、ここ、ギルド酒場にある飲み物の中で一番のオススメなのに。


「……どうしてそこまで僕を追い詰めようとしているのかはわからないけれど……きっと、ロインが……あいつがやらせたんだ」


 そうだ。

 思い返せば、あいつはなんでも人にやらせる奴だった。


「……僕にだって回復役をやらせて……自分はパーティリーダーとしていい装備を独り占めしたりモンスターの止めを刺したり、かっこいいとこばかりやって……。で今度は、僕を痛めつけるのも自分が汚れるのは嫌だから人にやらせて……。そこまで僕のことが邪魔だったのか。パーティから追い出すだけじゃ飽き足らず……」

「ロイン。あなたはわたしにその名を告げた」

「うん?」

「つまりロインの命を死の女神の元へ送ることにしたの? 黒龍ではなく?」


 ヘルの言葉に、僕は一瞬考え込む。

 そして、首を横に振った。


「……いいや。ヘルの力を使えばロインを死なせることは簡単なんだろうけど……それじゃ僕が気持ちよくなって終わりだ。ロインが死んだあと、僕はヒールしか使えない、貧乏で資格もない底辺冒険者のまま。そうじゃなくて、僕は黒龍を倒して財宝とダンジョン攻略の栄誉を手に入れた上で、ロインの悔しがる顔を見て気持ちよくなりたいんだ」


 そして、ロインのことを徹底的に潰して二度と冒険に出られないようにしてやりたい。

 お金と地位があれば、そういうことも可能だろう。

 冒険者ギルドから追放させたり、お尋ね者みたいに手配書を回して何も売ったり買ったりできなくさせたり。

 ロインがあんなに憧れていた英雄には決してならせない。

 盗人にでも落ちぶれて野垂れ死んでもらう。

 下種な喜びかもしれないけど、切り捨てられた上に片足にされそうになった身としてはこれでも足りないくらいだ。


「……」


 と、ヘルが僕を無言で見据えているのに、僕はようやく気づいた。

 マズい。

 ロインの落ちぶれっぷりを妄想してる僕の顔、そんなに気持ち悪かったか?


「な、なに? それより、そのベリージュース飲まないの? 体にいいよ? それとも、何か食べる? ヘルはなにが好き?」

「そういえば、わたしは答えを聞いていなかった」

「答え……」

「あなたがなぜわたしを助けようとしたのかについて。自分の右足を差し出してまで」


 丸い虚ろな目で覗き込まれ、僕は居心地の悪さを感じる。


「そ、そりゃあ、僕が狙われてるだけなのに、そこへヘルを巻き込みたくはなかったから」

「でも、わたしは死の女神の使徒で、あの者達には決して傷つけられない。あの者達がわたしに何かしようとしても無益なこと。それはあなたもわかっていたのでは? なのに、なぜ?」

「だ、だって……かわいい子があんな連中に何かされそうになってたら、誰だって黙っていられないよ」

「かわいい」


 ヘルの丸い目がすうっと糸のように細められる。

 それから地の底から響くような声で、


「また口にした。死の女神の使徒を表すには不要な言葉を」

「え? あの……なに怒ってるの?」

「わたしは怒らない。この世のものがわたしを傷つけることができないように、わたしの心もまたこの世のもので動かされることはない」


 む。

 僕はヘルの頑なさについ言い返したくなる。


「……ヘルは自分が傷つかないって言うけど……そんなことないんじゃないかな」

「いいや。傷つかない」

「……そりゃ、ヘルは剣や魔法では傷つけられないかもしれないよ。死の女神の使徒っていうのはそういうものなんだろうけど……でも、傷つかないわけじゃない。言葉や悪意は、たとえ体に傷はつけなくても、殺すほど人を傷つけることはあるんだから」

「あなたは……わたしが悪口を言われたら傷ついて死ぬと言っているのか? 死の女神の使徒が?」

「少なくとも、僕はヘルにあいつらの汚い言葉を聞かせたくはなかった。あいつらが君をどう扱おうとしてるか、これから何をする気なのか、ヘルだってそんなの聞かされて気持ちいいわけないでしょ?」

「わたしに気持ちはない。いいも悪いもない」

「ヘルは女の子で、女の子はああいう汚い言葉をぶつけられるべきじゃない。僕はそう思った。君をあいつらから、あいつらの悪意から君を遠ざけたかった。それだけのごく当たり前の話だよ」

「……」


 ヘルは細めた目で僕を見ていたが、ふいっ、と横を向いてしまった。


「あなたはわたしをまるで普通の存在のように扱う。そもそも、わたしを女の子と認識しているのが間違い」

「え。じゃあ、男の子なの?」

「違うが」


 ヘルはどこかふくれっ面になっているようにみえた。

 実際には何の変化もないのだろうけれど。


「じゃあやっぱり女の子でいいんだね。よかったよ、僕の見る目がおかしくなったのか思った」

「……あなたの好きなようにするがいい、あなたがわたしを女の子として扱うなら、それで構わない。わたしにとってはどうでもいいこと」


 そう聞いて、僕はヘルの前のカップを指差した。


「なら言わせてもらうけど。女の子はそれ、ベリージュースが大好きなんだ」

「そう」

「体にいいからね。痩せるっていうし」

「……それで?」

「だからそれ飲んで。絶対美味しいから」


 ヘルは眉を顰める。


「……なぜ? わたしはこれを飲む必要がない」

「ヘルは女の子でしょ? 僕はそう思ってヘルのこと扱うし、ヘルもそれでいいって言ったよね?」

「……」


 ヘルは無言で僕を見、それからカップを見た。

 更に、もう一度僕を見た。

 僕は促す。


「さあ、遠慮なくどうぞ」

「……わたしにこれを飲ませることになんの意味がある?」


 そう言いながら、ヘルはカップを手に取る。

 そして、飲んだ。


「……甘い。そして、酸味がある」

「うん、味の特徴を捉えたいい食レポだね。で、美味しい?」

「……美味しい」


 ヘルは呟いた。

 ヘルの表情が初めて和らいだような気がした。

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