第4話 死神、大鎌を振るう

 僕は斧を持ったならず者に震え声で問う。


「なんでそんなことを……」

「知らねえよ」


 そのならず者は肩を竦める。


「お前の足を切る理由を知ったところで、俺達のもらえる金が増えるわけじゃないしな。で、どうするんだ? おとなしく横になってれば、すぐに終わらせてやるぜ?」


 話している間に、僕らは完全に取り囲まれている。

 周囲は乱雑に建て増しされたような町並みで、せせこましい。つまり、走りにくい。

 『死ね!』とか『いつか潰す』といった粗雑な落書きのあるボロボロの壁がいかにもスラム街だ。

 そんな場所で、ならず者たちは僕を四方から押さえつけるためか、等間隔に散らばっていた。

 こいつら本気だ。

 何のためらいもない。

 場所といい立ち位置といい、やり慣れてるというか、普段から暴力を生業にしている故の自然な動き。


 ……え? 本当に僕、右足無くなる……?


 急な理不尽に、僕の頭はどこかフワフワし始めていた。

 と、ならず者たちの1人がヘルを見て、


「……なあ、女はどうするんだ?」

「そっちは別に何も言われてねえな」

「なら、俺達で自由にしていいよな?」


 ならず者たちの顔に笑顔が宿る。

 みんなニコニコ。


「こりゃいいボーナスだ!」

「お楽しみだぜ!」

「お貴族様に売ってもいいな」

「なっ!?」


 僕は息を呑んだ。

 急に現実へと引き戻され、血の気が引くのを感じる。

 それから、はっ、としてヘルを見つめた。

 そうだ、ヘルなら、ヘルの力なら、こんな奴らに好き勝手されるわけがない。大丈夫、ヘルは大丈夫だ。

 が、ヘルは表情も変えずに言う。


「わたしは死の女神の使徒だ。定められた者以外とわたしから関わるつもりはない。ただ、わたしを自由にしたいと言うなら、いいだろう。あなた方の好きにするがいい」

「……死の女神の使徒……?」


 斧を持ったならず者が眉を顰めるが、他のならず者たちは歓声を上げる。


「おっ、話が分かるじゃねえか!」

「諦めのいい女は好きだぜ」

「俺は抵抗された方が燃えるんだがな」

「もちろん、わたしに触れることができればの……」

「ダメだ! そんなこと!」


 僕は叫び、ヘルは途中で言葉を遮られて僕を見つめてきた。ガラス玉のようなまん丸な瞳で。

 ならず者たちも僕を見る。いや、睨みつけてくる。


「あ? なにがダメだ?」

「あんた達の目的は僕だろ!? ヘルは、その子は関係ないはずだ! 手を出すな!」

「お前がどうして俺達に指図できるだなんて思った?」

「それこそ、俺達が誰と楽しもうがお前には関係ないだろ」

「この娘も好きにしろって言ってくれてるしなあ」


 僕は斧を持ったならず者に向き直る。


「……ほ、欲しいのは僕の右足なんだろう? さ、さっさとやれよ!」

「あ? ああ、おい、お前ら、こいつを横にして押さえつけろ!」


 その言葉で、ならず者たちは僕を組み伏せた。

 四肢を押さえつけられ、身動きできなくなる。

 ここは薄汚れたスラムの裏路地だ。

 押さえつけられた顔のすぐ横には、異臭を放つゴミがある。

 路面のあちこちに捨てられているゴミ。

 ゴミ塗れになって、路面にキスさせられそうになっている僕。

 そんな姿を見下ろしながら、ヘルは少し離れた所に立っている。

 一歩も動かず、ただじっと。


「よし、暴れんなよ」

「こいつマジで無抵抗かよ、バカじゃねーの」

「楽でいいや」


 ならず者たちはへらへらと、僕を小突くなどした。

 ゴッと頭に感じる、悪意のある痛み。

 それを、ヘルはまだじっと見ている。

 僕は焦って言った。


「は、早く今の内に……!」


 逃げて。

 という言葉を吐き出す前に、ヘルが口を開いた。


「1つ確認しておく」


 目を細め、僕を値踏みするように。


「あなたがわたしにすべきことは1つだけだ。誰かの名をわたしに告げること」

「おい、ガキ!」


 ならず者の1人がヘルに向かっていきり立つ。


「なに『自分は関係ない』みたいなすまし顔してやがる? こいつが済んだら次はお前……」


 ヒュカ。

 と、なにか黒いものが一瞬、そのならず者の首筋をよぎった。


「ん? なんだ?」


 そのならず者は何が起きたのかわからなかったようで、目をぱちくりしている。

 その間に、ヘルは僕へ再び話し出した。


「……いや、あなたは先刻、黒龍の名を告げたな。なら、あなたにはもうわたしにすべきことはない。……なのに、なぜ?」

「……え? なぜって、なにが?」

「なぜ、あなたはわたしを……わたしの行動を誘導、コントロールしようとしている? あなたがわたしを逃がそうとしていることだ。なぜ、そんなことを? あなたがわたしにすべきことはもうなにもないというのに。これは何のために……関わりを持とうとしているの? そもそも、死の女神の使徒に向かって……逃げる? それはあなたがわたしにすべきことではない」


 ヘルは僕を見下ろしながら言った。

 先程のならず者が、再び声を荒げる。


「……おい、だからいい加減、舐めた真似するのやめろって……」


 そいつは立ち上がり、僕から離れてヘルに突っかかりに行く。

 いや、行こうとした。

 だがその時、一転俄かに空が掻き曇る。ムクムクと湧きあがる暗雲だ。

 そして、突然の強風。

 冷たい、雨を予感させる風。

 その風にあおられ、


「うお!?」


 ヘルに掴みかかろうとしていたならず者はよろめく。

 運悪く、その足元にナナバの皮が捨てられていた。

 つるっ、と見事なまで滑るならず者。足がきれいに宙に弧を描いた。まるで軽業師のような宙返り。

 ごっ。

 そして、鈍い音と共に頭から着地した。


「おい、なにやってんだよ!」

「笑かすな! お前、芸人になれるぜ!」


 ならず者たちは吹き出した。

 し~ん。


「……え?」

「おい、どうした?」


 僕は思わず呟く。


「……死んだ?」


 僕には見えていたからだ。

 そのならず者の首が着地の瞬間、一瞬有り得ない方向へねじれていたのを。


 雨が降り出す。

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