第3話 回復術師、死なせる命を選択する

 ダンジョンのラスボスを倒し、これまで誰もなし得なかったダンジョン攻略に成功する。

 そうしたら、僕は巨万の富と名声を得るだろう。

 一躍、一流冒険者だ。

 ヒールしか唱えられない、この僕が!

 冒険者ギルドからだってSランク認定されちゃうかも。

 きっと、ロイン達も後悔するだろう。

 僕を追い出すんじゃなかった、仲間にしておけばよかった、と。

 まあ、そうなってももう遅いけど。

 もちろん、これは僕自身の実力じゃない。

 死神の力を利用してのダンジョン攻略はズルじゃないかって言われるかもしれない。

 でも、いいんだ。僕はお金を稼がなくちゃいけないんだし、ラスボスは金銀財宝を貯めこんでるものと相場が決まってる。

 で、その僕がラスボス退治をお任せしようとしている死神は、


「では、そのダンジョンの主の名を教えて。わたしはその者の命を死の女神の元へ送る」


 そう、こともなげに言った。

 そのあまりに簡単そうな口ぶりに、僕はちょっと不安を感じる。

 ヘルはわかってるのかな? 自分がなにを相手にすることになるか。

 ラスボス退治をできるかどうか聞いた僕が言うのもなんだけど、本当に大丈夫なんだろうか?

 というのも、


「……でも、この地のダンジョンのラスボスって、400年は生きてる黒龍……ブラックドラゴンだって話だよ? 山みたいに見上げるほどの巨体に鋼より硬い鱗。吐く息は酸でなんでも溶かしちゃう」

「齢をいくつ重ねようと、どのような巨体を誇ろうと、命は1つ。ヘルの前ではみな同じ」

「う、うん?」


 わかったようなわからないような。

 僕は食い下がった。


「……そもそもそこのダンジョンは黒龍を倒すことができないものだから、いつか倒す者が現れるまで封じ込めるために作られたものだっていうし……。知ってる? 大魔術使が何人も命を賭けた大がかりな魔術でようやく抑え込めたんだって。そんな怪物を相手にするの、死神でも大変なんじゃ?」


 僕の問いかけに、ヘルはまじまじと見返してくるだけだ。

 僕の言葉が理解できていないかのよう。

 ……そんなに見つめられると、こっちが変なこと言ったみたいで恥ずかしいな……。

 僕は綺麗な女の子に見つめられる緊張感から逃れようと、言葉を続けた。


「……ラスボス退治を頼んでおいて勝手だけど、あのぉ、やっぱり危なそうだったらやめておこうか? もうちょっと弱いのにしとく?」


 黒龍よりは弱いけれども、倒したらロイン達が悔しがるような大物で、お金にもなる……っていう絶妙なモンスターがいればいいんだけど。ダンジョンの第8階層とか第9階層辺りのフロアボスとか?

 ヘルはぶっきらぼうに言った。


「わからない。なぜ? なぜ、やめておこうと思った?」

「いや、君が怪我したり死にそうになったら心配だから……」

「心配?」


 ヘルの目が見開かれた。

 ガラスのような虚ろな瞳がまん丸になっている。


「ヘルを心配する? あなたは……あなたは……」


 と、ヘルは言葉を探して言い淀み、改めて言い直す。


「あなたは、道理を知らないのか?」

「道理って?」

「ヘルは傷つかない。それが道理だ。理。法則。死の女神の使徒とはそういうもの」

「え? いや、だって、ヘルだって怪我して死にかけることあるでしょ? さっき僕が治したみたいに。肩から斬られて瀕死だったじゃないか」


 そう言われて、ヘルは一旦黙り込む。

 だが、次の瞬間には淀みなく答えた。


「あれはわたしの命が死の女神の元へ帰るべき定めだったからそうなった。その定めを、あなたが盗んでしまった。もはや、わたしの命は死の女神の元へ帰る定めにない。ゆえに、今のヘルは傷つかない」


 そういうヘルは、どういうわけか、どこかドヤ顔に見えた。


「あなたはヘルを心配するなんて意味のないことしなくていい。あなたはただ、死の女神の元へと送る者の名を挙げて」

「……そ、そうなんだ……」


 そこまで言われると、あまり心配するのは失礼な気がしてくる。

 ヘルの力を信じていないってことになるし。

 でも、さっき僕を死にかけさせた力は、確かに本物だった。


「じゃ、じゃあ……ダンジョンのラスボス、黒龍を倒してくれる?」

「選択は為された」


 ヘルは厳かに言った。死はいつだって厳粛なものだ。


「それがあなたの死なせたい者で間違いないか。ならば、あなたはその者の元へ赴かねばならない」

「ん? ええと、黒龍のところまで行かなきゃいけないの? ……僕が?」


 僕は自分を人差し指で指差す。

 ヘルは頷く。

 いやいやいや。


「なんで?」

「わたしはあなたに命を盗まれた。故に、わたしの命はあなたから離れられなくなった」

「え?」

「だから、あなたがわたしを導かなければ、わたしの大鎌はその者の命に届かない。それが道理だ」

「離れられないって……じゃあ、僕が黒龍の近くまで行かないと、ヘルは黒龍を倒せないってこと?」

「そう言っている」

「……黒龍って、ダンジョンの地下10階層にいるんだけど」

「居場所がわかっていてなにより。もし、どこにいるかもわからぬ相手の命を選んだなら、あなたはその相手を探し続けなければならなかった」

「……えっと……地下10階層に行くには、地下1階層から地下9階層まで突破しなきゃいけないわけで……その途中にはたくさんのモンスターや罠があるんだよ? もしかして、黒龍のところへ行くまでに出てくるそういうモンスターを、ヘルが倒してくれたりする?」

「わたしが死の女神の元へ送るべき命を、黒龍からそのモンスターに選び直したいならそうしてもいい。わたしは構わない。わたしの命を盗んだ代償に命を1つ。それが道理」

「……」


 途中で出てきたモンスターをヘルに倒してもらったら、それで命の代償は済んでしまう。

 そうしたら、ヘルはもう黒龍は倒してくれないだろう。

 僕はがっくりと肩を落とす。

 なんだ……これじゃせっかく死神がいてもラスボスを倒すなんて無理だ……。

 僕だけで地下10階層に辿り着くなんてできるわけない。

 仲間に見捨てられた一人ぼっちの回復術師なんて、無力だ……。


 ……僕1人では、無理? だとしたら……。


 と、僕が考え込んでいると、


「お、いたいた」

「あのガキでいいんだよな?」


 と、周囲が急に騒がしい。

 はっとして、僕は意識を辺りに向ける。

 ここ、スラム街を根城にしているギャングというかならず者たちが5人。

 僕とヘルに向かってやってくる。薄ら笑いを浮かべつつ。


「本当にあいつか? 女はなんだ?」

「聞いてねえな」

「人違いだったら運が悪かったってことで」


 僕は声を震わせないように下腹に力を込めて話し出す。


「……誰? なにか用?」

「ああ、安心しな。命までは取ったりしねえから」


 ならず者たちの中の大きな斧を担いだ男がにこやかに言った。

 強盗か?

 スラムなんて治安の悪いところでよそ者が長いこと立ち話していたのはマズかったか……。


「……わ、悪いけど、お金はほとんど持ってない」


 声が震えてしまった。


「いや、お前から金をとろうとは思ってねえよ。そんな悪いことはしねえ」


 大きな斧の男は人の好さそうな笑みを浮かべる。


「お前と俺達のどっちにとっても得になる話をしようってだけさ。ビジネスって奴だな」

「ビジネス?」

「俺達はお前を痛めつけるように言われてる。ヒールでも治せないように右足を切断するようにってな」

「……ええ?」

「右足切ってもヒールかけりゃ死にはしないんだろ? 二度と歩けなくなるだけで。ただな? お前が抵抗したら、俺達はお前を殺しちまうかもしれん。それは俺達も手間だ。だから、お前が無抵抗でいてくれりゃ、お前も命は助かる。俺達も余計な手間暇かけずに済んで助かる。こういうのをウィン・ウィンの関係って言うらしいな!」

「な、なにを言って……」

「おとなしく横になって、右足を差し出しな」


 大きな斧の男は手にした斧を振り上げた。

 にこやかに。


「きっと頭のいいお前なら、どうするのが一番得かわかるだろ?」

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