第18話 告白
……。
……さん。
……ハルさん。
「ハルさん」
「ハッ!」
自分を呼ぶ声に起きるとカルテが目の前に立っていた。
部屋のガラス窓から差し込む光は既に茜色になっている。
夕方?
ちょっと寝ぼけていて状況が分からない。
何をしていたのだったか。
あー、そうだ。
客間でカルテ達を待っていたんだ。
そして、どうやら結構長いこと眠ってしまったらしい。
「大変長くお待たせしてしまい、申し訳ありません」
「朝から眠かったからちょうどよかったよ。それより、カルテはカルテだな?」
カルテは一瞬疑問の顔を浮かべるが、すぐに驚き、そして喜びの顔へと変えた。
「はい。私はカルテです」
「そうか。中身と外見が一致したカルテは久しぶりだな」
「そうですね」
微笑むカルテは、以前の、家を買う前のカルテに戻ったようだった。
ふと、従者達がいないことに気づく。
城ではずっと従者達がついてきていた。
それが一人も見えない。
「従者達は?」
「皆には待機してもらっています。ハルさんと二人で話をしたかったので」
「そうなのか。話というのは?」
ハルはリューゲとの会話を思い出した。
そういえば、なぜカルテが偽装して俺の案内をすることになったのかを訊ねたのだった。
それに対して、後ほど事情を説明してくれるとのことだった。
その話かもしれない。
だが、俺にとってはカルテが安全ならばとりあえずそれでよかった。
「それについては、お手数ですが、もう一度あの見張り台までついてきて頂けますか?あの場所でお伝えしたく思います」
「わかった」
よくわからないが、とりあえず見張り台まで行ったほうが良さそうだ。
カルテは、なぜか穏やかな表情をしている。
城の安全が確認出来たんだろうな。
≈ ≈ ≈ ≈ ≈
見張り台に出ると、そこには昨日のものとはまた異なる景色があった。
昨日は日中の青空だったが、今は日が沈みかけている夕暮れだ。
「夕暮れの景色も綺麗だな」
「そうでしょう?」
カルテは相変わらず穏やかな表情をしている。
俺は景色を眺めながらカルテから話を切り出すのを待った。
「ハルさん」
「ああ」
「私がリューゲに偽装してハルさんの案内をすることになった理由をお伝えしますね」
「わかった」
俺がそう答えると、カルテは表情を変えぬまま俺に向き直る。
今のカルテを見ていると、どこか安心感を覚える。
だから、次の言葉に不意を衝かれた。
「それは、ハルさんが好きだからです」
「……」
「街の案内をしたのも、行動を共にするよう嘘をついたのも、それが理由です」
「……」
「城の人間が信用できないからというわけではありませんでした。すいません」
「あ、ああ……」
俺はどんな反応をすればいいのか全く分からなかった。
ただ全身を硬直させて、かろうじて謝罪に応じることしか出来なかった。
好き。
恋愛感情。
恋。
愛。
そういったものは人が普通に持つ感情であることは分かっている。
だが、それが自分に向けられることはついぞ考えたことがなかった。
そして、実際にそれを向けられた今、俺には困惑しかなかった。
恋愛の対象になるということは、俺が人間らしいことの証拠でもある。
だから喜ぶべきことなのだが。
問題は俺自身が他人に対してそのような感情を持っていないことだ。
昨日からずっと一緒にいたカルテを見ても、好きが分からない。
大切だとは思う。
守りたいとは思う。
だが、そこに前世の家族との違いはない。
恋愛感情と呼べるものは無い。
それは、俺が人間として致命的な欠陥を抱えていることを意味する。
人間らしくて、人間らしくない。
矛盾。
俺は、急に自分がエアコンに戻ったような気がした。
いくら人間になりたくても、結局なれないんじゃないか。
人間の真似事をする家電に過ぎないんじゃないか。
転生してからの高揚感や自信が霧散していくような感覚に襲われた。
「ハルさんは、まだ転生して二日目です」
カルテの声に、下を向いていた顔をあげる。
カルテは相変わらず微笑んでいたが、目尻に溜まる涙に夕日が反射して光っている。
「恋愛感情を知らなくて当然ですよ?」
その言葉はじんわりと心を温めてくれた気がした。
ようやく喉から声を出す力を得た。
「そう……なのかな」
「はい。ハルさんはとても素敵な人です。これから人として生きていくうちに、きっと分かるようになると思います」
「そうだといいな」
「はい。その時には、返事をくださいね。ずっと待っていますから」
「わかった」
カルテといると、俺は俺でいていいと思える。
そう思わせてくれるカルテは、大切な人だ。
そんなカルテの為にも、恋愛感情を知りたいと思った。
カルテは軽く伸びをすると、少し雰囲気を変える。
「ふふ、やっと言えました。すっきりしたらお腹が減っちゃいました。ハルさんはいかがですか?」
「ん?ああ、そういえば俺もお腹が減ってきたな」
「では、今日はぜひ城の料理をお召し上がりください。きっとハルさんも感動して頂けるはずですよ」
「それは楽しみだな。ありがとう。ぜひ頼む」
「喜んで!」
見張り台を先導して降りるカルテの背中は頼もしく感じられた。
今はひとまず、この子の言葉を信じて日々を生きよう。
人に憧れたエアコンは異世界で風神になる キタミギ @kitamigi
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