第17話 秘密の共有

「カルテ様」

「はい」

「ご無事に戻られたこと、ひとまず安心いたしました」

「はい。婚約のご報告をしなければなりませんから」

「「ええ!?」」


 カルテの私室に入った従者達のうち、トロイエとフレーガが驚きの声をあげる。

 心ここにあらずといったニヤケ顔で告げたリューゲの顔に、カルテの顔は渋くなった。

 そして同時に嫌なことに気づいてしまった。

 カルテはハルの住居からここまでずっとこの顔で歩いてきたのではないか。

 リューゲももう立派な淑女である。

 カルテと言えどもこのような痴態を自分の顔でされるのは許容できない。

 そのうちカルテに扮している時にそこそこ派手な寝癖をつけて会合に出てやろうと思った。


「フレーガ。ひとまず偽装魔法を解いてください」

「あ……はい」


 リューゲの求めに応じて偽装魔法が解除される。

 急いで服を交換すると、服装的には偽装魔法を解除する前の二人に戻った。

 だがその顔は、リューゲは元の冷徹な顔に、カルテは王女にあるまじきニヤケ顔に変わった。

 それを見るトロイエとフレーガは嬉しそうな顔をしている。

 自分の主が意中の人と結ばれたのだ。

 嬉しくないわけがない。

 トロイエが祝福の言葉をカルテに捧げようとした瞬間、リューゲが口を開く。


「カルテ様。その件についてお話があります」

「何でしょうか?」


 それは誤解です。

 と、ストレートに言えたらどれほど楽か。

 しかし、カルテの気持ちを思うと、それは憚られた。

 リューゲもカルテには傷ついてほしくないのだ。

 できることなら、そのまま本当にハルと結婚してほしい。

 だが、主の誤解を訂正するのも従者としての役目だ。


「ハル様には外出している理由はお伝えになったのでしょうか?」

「えっと……………………伝えてない……ですね」


 カルテは恋愛耐性皆無だが、聡明である。

 質問の意図を理解してしまったようだ。

 必死に記憶を辿ったがその事実が思い当たらなかったのだろう。

 そしてハルがなぜあのような提案をしたのかも推測してしまったようだ。

 表情はみるみるうちに変わっていった。

 そして、縋るようにリューゲを見る。


「で、でも、ハルさんは、ハルさんが私のことを好きという……うぅ……」


 ハルがカルテのことを好きという可能性。

 そう言おうとしたのだろう。

 そして、途中で気づいたのだ。

 そんな可能性は無い。

 そのことに思い至り、泣き出してしまった。

 リューゲはカルテの近くに寄ると、そっと抱き締めた。


「すいません。カルテ様」


 他の二人は、ただその光景を心配そうに眺めることしかできなかった。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


 リューゲはカルテを抱き締めながら、心に誓った。

 なんとしてもカルテとハルを結ばせる。

 その為に自分にできる全てをする。

 リューゲの視線の先にいた二人も同じことを思っていたようだ。

 三人はコクリと頷きあった。


≈ ≈ ≈ ≈ ≈


「カルテ様。率直にお伺いします。カルテ様はハル様と結ばれたいと、そうお考えですね?」


 カルテが泣き止むと、リューゲはそう切り出した。

 カルテは前回、その率直な思いは口にしていない。

 王女として、自身の恋愛ではなく、国益を優先するために、理屈を並べ立てていた。

 だが、本気の恋愛感情の前では、そういったものを投げ捨ててしまう性格であることを従者達は理解していた。

 従者達はそんなカルテが好きであり、幸せになってほしいと思っていた。

 だから、その本心を共有してほしかった。


「はい。私はハルさんが好きです」


 それは、はたから見ればたった一日一緒に過ごしただけの男女だ。

 だが、命を救われ、一緒に空を飛び、一緒に平民の宿に泊まった。

 カルテがそんな経験を共有したのは人生で一人しかいないし、今後、ハル以外にそんな人が現れるとも思えなかった。

 カルテにとっては、もはやハル以外の異性を愛せる気がしなかった。


「では、私達も本気でその恋を応援したいと存じます」


 リューゲがそう言うと、トロイエもフレーガも真面目な顔で頷く。


「その為にも、ハル様のことを詳しく教えては頂けないでしょうか?」


 そう言われたカルテは迷った。

 ハルの詳細、それには前世のことは避けては通れない。

 今後三人に応援をお願いするにしても、前世のことを知らなければ的外れなものになるかもしれない。

 だが、ハルには秘密を約束している。


「もし、お話できない内容があるようでしたら、守秘魔法をお使いください」


 守秘魔法は王家に伝わる国の重要機密情報を秘匿するための契約魔法だ。

 契約次第ではあるが、その情報を共有者以外に口外できなくするというのが一般的だ。

 迷った末、カルテは、これまでの経緯と共に、守秘魔法を使用した上でハルの前世の秘密も共有することにした。


「そんなことがあるなんて……」


 思わずフレーガが声を漏らした。

 ハルの前世の話を聞いた三人は驚愕していた。

 異なる世界の道具がこの世界の人になって転生した。

 その道具はずっと人に憧れていた。

 だからハルの今の願いはもっと人を知ること。


「でも、道具が感情を持っていたなんてね」

「そこなのですよ、トロイエ。カルテ様。もしかしたらハル様の感情は人間のものとは異なるかもしれません」

「それはどういうことでしょうか?ハルさんはとても人間らしいと思いますが」

「可能性に過ぎませんが、例えば、数多ある感情のうち、恋愛感情が欠けている可能性もあるのではないでしょうか?」

「恋愛感情が……」

「それはどうなんだろ?ハル様は景色を見て感動したり、料理もおかわりするほど好きだったんでしょ?それで恋愛感情が欠けてるなんてあるかな?」

「それは五感を通して得られる情報に興奮しているとも考えられます。人を愛するというものとは違うでしょう?」

「んー……たしかに……でもそれじゃ……」

「ですから、可能性に過ぎません。また、とても低い可能性と考えています」

「なぜでしょうか?」

「はい。それはカルテ様も仰ったようにハル様がとても人間らしいからです。えー、いきなり欠けている可能性と言ったのが悪かったですね。言い換えます。恋愛感情が未発達の可能性もありえるかと思います」

「恋愛感情が未発達ですか……」

「はい。人を好きになる、というのは、人生経験を重ねて色々な人を見てきて、色々な会話をして、色々な考えに触れて、自分と相手をよく知ることで惹かれるというのもあるかと思います。ハル様が人と触れ合ううちに自然と恋愛感情というものが分かってくるのではと」

「そう?人を好きになるのってもっとこう直感的なものじゃない?というかリューゲって今までに人を好きになったことってあるの?」

「わ、私にだって……!」

「あるの!?」


 カルテが思わず叫んだ。

 トロイエとフレーガも意外そうな顔をしている。

 リューゲは怒りと恥ずかしさがごちゃまぜになって珍しく感情を乱し赤面した。


「こ、こ、子供の頃にですが……!」

「え、相手は?」


 リューゲはカルテに秘密の共有を求めていながら自分が打ち明けないのはフェアじゃないと思い、羞恥心を押し殺して自分の幼少の恋愛を打ち明けた。

 それを聞いたトロイエとフレーガも同様の理由で打ち明けた。

 そんな三人の話を聞いていたカルテは今までに一度も恋愛をしたことが無く、ハルのことを言えないほど恋愛感情に問題があるような気がしていた。

 四人は互いに秘密の共有をしたことで今まで以上に友情を深めた。

 ハルは客間で一人ぽつんと待ちぼうけていたが、睡眠不足がたたって眠ってしまった。

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